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●ショートショート●

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これまでに書いた短編小説、ショートショートをまとめたものたち。
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2023年10月の記事一覧

【ショートショート】 ある木の下の物語

【ショートショート】 ある木の下の物語

 その丘の上には、立派な木があった。

 何年も何十年もそこに生きて、静かにこの世界を見守っているような立派な木だった。

 その木は本当に大きくて、小さな自分には果たしてどれくらいのサイズなのかの全貌すら掴めないくらいだった。
 ときどき幹をかけ上がり、てっぺん近くまで行って下を見ると、まるで世界中が自分のものになったような気がした。そんな錯覚をして楽しんだ。

 上からぼんやり遠くを眺めること

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【ショートショート】 花いちもんめ

【ショートショート】 花いちもんめ

♪勝って嬉しい花いちもんめ
  負けて悔しい花いちもんめ──

 どこかから声が聞こえてくる、子どもたちの声。
 学校からの気だるい帰り道。
 思っていたより冷たい秋風に、思わずめいっぱい伸ばした制服の袖口。
 買い物客でざわつく、賑やかな商店街。
 商店街にある顔馴染みの肉屋で買ったコロッケを、齧りながら歩く夕暮れ。
 重たいリュックに、磨くことを随分サボっている傷だらけの革靴。
 横を歩くのは

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【ショートショート】 私だけの星空を

【ショートショート】 私だけの星空を

 自転車の、荷台に二人乗りで座ることが好きだ。

 行き先を運転する人に任せて、ぐんとペダルを踏む感覚をその人の背中越しに感じる瞬間は、いつだって私をわくわくさせる。

 前は、見えない。
 正面を見ると、自転車を漕ぐ君の背中が視界いっぱいに広がっているだけ。その事実もまた、私をたまらない気持ちにさせる。

 車ではいけない。あれは、乗っている人間の前方を遮るものが多すぎる。
 バイクでもいけない

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【ショートショート】 クッキーを買うために

【ショートショート】 クッキーを買うために

 高校受験に失敗して、適当な高校に入った。

 私はこれまでの人生で、挫折らしい挫折を味わってこなかったから、自分の人生にもこんなことはあるのだなと少しだけ驚いた。

 私の可能性を信じて疑わない両親は、受験失敗の事実に私よりもショックを受けていて、少しだけ申し訳ない気持ちにはなった。

 それでも、私には取り立てて夢や目標なんてなかったし、そこまで得意なことも誇れることもなかった。

 つまると

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