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青空のしたで笑えなくても、きみが好きだよ

「でも私さ、そんなきみが好きなんだよね」


窓の外が灰色に明るくなりはじめた午前4時半。シングルベットにふたり、寝転がっていた。

つい今まで飲み交わしていたお酒のせいか、一週間分の仕事の疲労のせいか、彼は今にも眠りの世界に落ちそうだ。その顔がなんとも情けなく愛しくて、思わず想いを告げていた。

「はじめて会ったときにね、笑った顔がまぶしいなって思ったの。覚えてる?もう1年も前。」

ほとんど素面に戻っていたから顔は見れない。天井を見つめながら、ぽつぽつと言葉を落とした。

「あれからさ、ニコッて笑いかけてくれるたびにドキドキしてて。特に待ち合わせの時とか。こんなに居心地良いって思ったのも初めてだよ。さっきも一緒にお酒飲んでるだけなのに、楽しすぎたし。1年分笑っちゃったよ、私。あーーー、幸せだなあ。きみはさ、そうじゃないかもしれないけど。でも、いっつも幸せな気持ちにしてくれてありがとうね。ほんとに」

聞こえてくる寝息にはっとして横を見ると、彼はもう眠りの中だった。鼻をつまんで起こして、話をするかわりに素肌を重ねようかと思ったけれど、代わりに布団の中でてのひらを探した。




私が彼に気持ちを伝えるのは初めてじゃない。

「好きです」と言うたびに上手くかわす彼には、もう腹すら立たなかった。ただ、収まらない寂しさと届かない虚しさにはまだ慣れない。カーテンの隙間から入り込む朝日が「夢なんか見るなよ」と言うように眩しかった。

今思えば、ひどい扱いだ。こっちが会いたいと思うときには素っ気ない連絡しかくれないくせに、金曜の終電過ぎに転がり込んでは甘い言葉で抱き寄せる。おさがりのキスと、使い回しの言葉に、感情の見えないセックス。

都合良く扱われていることに見ないふりをしていた私も悪いけれど。中毒的な恋を前に、盲目を通り越して失明していた。

ふと情けなくなることも当たり前にあって、前に進もうと意気込んだ時もある。そんなときに限って、優しい言葉で引きずり戻すもんだから、やっぱりひどい。

「どうしたって諦めることなんてできないんだから、私は彼のことが一生好きなのかもしれないな」。心の底から思った。嫌いになれたら楽だけれど、嫌いなところさえ愛しくて仕方ないんだから。これ以上誰かを好きになるなんて絶望的だ。





そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。携帯の画面には午後2時の表示。


「・・・・・・・・・・・」


真っ白なシーツは、はじめから誰もいなかったかのように生ぬるい。

土曜日だから、仕事は休みのはず。だからきっと、というか絶対、彼は待っている人がいる家に戻っていったのだ。どんなに眠りに逃げようと目を閉じても、それだけが歴然とした事実だった。

大切な人がいるなら、私になんて構わないでくれればいいのに。

まるで、しぶとく燃え続けた線香花火だ。今にも破裂してしまいそうに肥大したくせに、もう落ちていく運命しか残されていない。儚いもんだよな。どうせ消えてしまうくらいなら、いっそのこと捨ててしまおうか。




「・・・・・・よし」

勢いよくLINEを開いて、3と表示された緑のマークを左へスライドさせる。けれど『消去』と書かれた赤い選択肢を前にして指がすくんだ。

「いや、でもな。もしかしたら・・・・・・なぁ・・・」

最後まで往生際が悪い。

そっと画面を開くと「先帰っちゃってごめん」「また家行くね」に笑い泣きしている少年のスタンプが添えられていた。私は「幸せになろうね、お互い」とだけ打ち込んで、送信せずに連絡先を削除した。





時間が経って思うのは、「好きでいるだけで幸せ」なんて絶対にあり得ないということ。

幸せは「好きになった人の好きな人になれること」一択だ。そうじゃなきゃいけない。

だって、どんな違いがあっても、どんな困難に当たっても、どんなにぶつかり合っても、なかを犠牲にしなければいけないとしても、それでも「ずっと一緒にいよう」と約束できる関係なんて、恋愛くらいしかないんだから。

想いが通じ合うって、本当に尊いことだ。だからこそ、一方通行の関係に満足しているのは、自分が幸せになることへの逃げでしかない。

青空のしたで手も繋げないような関係を幸せと思い込むのは、心が壊れていくのを素通りするようなものだ。




ただ、こんなに愛しすぎたことを、不幸だったと思うつもりは毛頭ない。

「それでも好きだから」という一言に押しつけて良いのなら、それでも好きだから、幸せだった。夜にしか会えなくても、連絡が来なくても、抱き合うときに目が合わなくても、感情を返してもらえなくても、さよならを言えなくても、やっぱり大好きだった。


だからこそ、まっすぐに愛情を注いでいた私のことを、私は抱きしめてあげたい。

だからこそ、一生を誓い合える相手に恋をして、未来の私を幸せにしてあげたい。



終わりをやさしく包んで、始まりへと導いてくれるような風が吹いた。清々しくて泣きそうな、6月の匂いがする。



幸せになろうね、お互い。




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