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小説「夢・未来鉄道」(中編)~鉄道のローカル線問題に関係する方たちに読んでもらいたい作品です~

3 入会


 「鉄道会員への入会については、まず会員コースを選んでもらうことになります。会員は基本的に三つに分かれていますが、ひとつずつ説明しますので、ご自分の利用に会ったコースを選ばれてください」
了解の意志を示すと、彼女は説明を続けた。とても上手な説明であり、たぶんこの女性は切符販売ではなく、いつもこの会員制度の説明をしているのだろうと感じた。
 「ひとつめがフリーダム会員。こちらは文字通り時間や曜日の制限なしで自由に列車に乗車できるコースになります。自由席のみの利用となります。長距離移動をする時など、どうしても座りたい場合は別途指定券を購入してください。会員費は年間で現在十五万円になります」
 

「えっ? 全線を一年間乗り放題ですよね。なんか安くないですか?」


 僕は今まで使っていた通学用の定期が月に約一万円だったこともあり、驚いてしまった。十五万円だったら月に約一万円強くらいであり、その程度の金額で全線が乗れるなんて信じられなかった。
 「二つ目がタイム会員。これは通勤、通学に利用できないように使える時間帯に制限があります。朝の七時から十時そして夕方の五時から七時までの入退場ができません。価格は現在、三万円になります」
 

「えっ、三万? 三万円で全線を乗れるのですか?」


女性は僕の顔を楽しそうに見つめている。
「どうかしましたか?」
「いえ、お客さまの驚かれる姿を見て、この制度が始まった頃にみなさんがされた反応を思い出しました。私もそうでした。安くて驚きますよね」

「こんな金額で会社は大丈夫なんですか?」


「ええ、お客さまが心配されるのも当然かもしれませんが、確かに会員数が予定以上集まらないととんでもない赤字になります。でも、逆に予定数以上に集まってくだされば、それが会社の利益につながっていくのです。そして、たくさん集まれば、ひとりあたりの会員費を安くできるというのが新しい鉄道事業の狙いなのです。あくまでも公共交通機関という役割を果たすためです」

「あっ、さっきから〝現在は〟と言われるのは、そういうことですか」
「はい、そうです。この会員を私たちは増やすためにずっと会員設定やその料金を変えながらより良い鉄道を模索し続けているのです。これは国からの支援を得て実施中の社会実験なんです。最初は今の倍くらいの金額から始め、会員が増えたことで今の金額になったのです。大量輸送機関である鉄道だからこそ実現できたこの会員制度です。確かにサブスク的ではありますが、あえて単純にサブスクとは呼びたくないくらい鉄道が社会的に大きな役割を担うことを目指しているのです」
 女性の言葉は力強く、先ほどまでやることがなさそうにしていた女性と同じ人とは思えなかった。
「でも、それでもそんなに鉄道に乗りたいって多くの人がいますかね? 僕も通学のために仕方ない感じで列車を利用してましたが、それ以外のことではほとんど乗ってなかったし……」
「そうかもしれませんね。自動車があれば列車より早いし、直接行けますからね、列車だったら駅からの足も要るし、荷物があったらまた大変ですしね。確かに鉄道なんて必要ないと思っている方は少なくありません。お客さまくらいの反応だったら安心します。特に家族持ちの人とかは、利用する時に家族分の切符が必要ですから、車を選ばない手はないですよね」
「そうでしょ。みんな鉄道の大切さは分かっていても、いざ外出しようとすれば、てっとり早い車で出かけてますよ」
「確かに近場は自動車が便利なので鉄道は勝てないと思います。でも中・長距離の移動なら列車の方が早い場合が出てくると思うんです。大きな町の駅周辺で買い物とかですね。そして、一番のねらいは鉄道の収入を一枚一枚の切符で稼ぐのではなく、会員費で集めてしまえばいいのです」
「そうか。列車の乗車人数とかは考えなくていいのか」
「そうです。鉄道業というのは列車を走らせる運転士や線路を保守する社員の人件費やメンテナンスの費用が大きいのですが、これらのお金はお客さまが増えても減ってもさして変わらないのです。しかも鉄道は大量輸送が可能なので全線乗り放題としてみたのです。これなら利用者が少なく赤字だった路線も、全体の収入が確保されれば存続できるし、逆に大都市へ遊びにいくために地方の人の方が会員になってくれているんです」
 そこまで聞いた僕はなにか興奮してきた。これは鉄道の大革命じゃないかと直感で感じていた。

さらに女性から訊かれた。
「そして切符で出来なかったけど、会員費を集めることで出来るようになったこと、なんだか分かります?」
「えっ、そんな難しい質問……」
「よく街中や大きなショッピングセンターで違う業界がやっているのを見かけたことがあるずですよ。みんな必ず持ってますから」
「えっ、僕も・・・持ってますか?」
「ええ、たぶん。なにかクジ引いて当たりましたとか言われたことないですか?」
「あっ、そうか。ケータイ?」
「そうです、ケータイの営業販売はどこでもやってますよね。私たちは新しい鉄道会員獲得のために、駅だけでなく街中やショッピングセンターなど人が多く集まる場所で会員募集をしています。代理店にも委託しているんですよ。駅で待って販売するしかなかったんですけど、会員になってもらうようにこちらから積極的な営業をかけているんです」
 もう、僕は新しい鉄道にすっかり心を奪われていた。


4 鉄道の可能性


「最後の会員コースが利用日制限の分ですね。これはお客さまの休日等に合わせて、利用日を2~4日で指定して利用することになります。時間制限はありません。また、曜日の組合せにより会員費が異なっています。一番会員の多い土日会員は現在四万円になっています」
 彼女はひととおりの説明を終えた。どうやら久しぶりの説明だったみたいで、彼女も安堵しているようだ。

「この金額が高いか安いかと思うのは、現在、お客さまがどれだけ列車を利用しているか次第です。でも、お客さまが鉄道会員になられたら、元を取る気持ちでいろんな場所に何回も列車で遊びに行かれてください。途中下車も自由に出来ますので、今まで降りたことがないような小さな駅に降りて探検もされてみてください」
「そうですね。使えば使うほど得するってことですもんね」
「ええ、友達どうしで会員になっておけば交通費を気にせずに一緒に出かけられますし、遠く離れた友達の所にも遊びに行きやすくなります」
 僕の頭にすぐ茂樹の顔が浮かんだ。
「それとですね。現在、どこの駅でも駅周辺で楽しめるように、市長村が鉄道とコラボして町おこしのイベントをしたり、若い世代の人たちが町の特産物などを販売する店をやったりしてますから、新しい発見がありますよ。ほら、これは会社がやってるSNSのサイトですが、列車で見つけたいろんな観光地やお店をアップしてくれてるんですよ。これ見るだけでも楽しいし、ホントぜひ列車で出かけてくださいね」
「え~っ、それはすごいですね。確かに列車で行っても、駅前とかしょぼくて面白くなかったけど、少しずつ変わっているんですね」
「ありがとうございます。そうやって共感してもらえれば嬉しいです。鉄道は自動車に比べて二酸化炭素の排出量は十分の一ということはご存知ですか? 」
「ええ、なんとなく鉄道がエコな乗り物ということは知っていましたが、具体的な数値は知らなかったです」
「そうですよね。みんな関心のないことについては、日頃は気にならないですよね。ちょっとだけ真面目な話をさせていただくなら、地球温暖化を防ぐためにも移動手段として、自動車の利用を減らして鉄道の利用を増やさなきゃいけないと思うんですよね。私も定期もってますが、持ってると一回一回の移動に「車か?列車か?」という選択をするんですよ。その移動手段を考えることが大事だと思います」
 彼女が鉄道について語る熱意がひしひしと伝わってくる。
「そうですね。間違いなく地球温暖化の問題は自分たちの生活に大きく関わってくるのでしょうから、そういうことを考えなきゃいけないのでしょうね」
「ありがとうございます。あとは、鉄道で旅行に行くと色々と分からないこともあるんですよ。乗場とか、列車の種類とかですけど……でもそんな時、親切な人が教えてくれたり、助けてくれたりすることもある。古臭いかもしれませんが、そんな人どうしのふれあいがある鉄道旅というのがなにか好きなんですよね。あっ、だからと言って車が全て悪いって言ってる訳ではないですよ。」
「あっ、いえいえ色々と鉄道の良さを教えてくださってありがとうございました。僕も列車の中で偶然に話が出来た時とか楽しかったりします」
「学生さんなら、彼女さんとかと一緒に通学とかされてなかったですか?そんな楽しい場所も鉄道は提供してあげたいとで思いますけどね」
女性の言葉に列車で見かける彼女が浮かんだ。思いがけず顔が熱くなり慌ててしまった。
「すいません。なんか一方的に喋っちゃってしまいましたけど、会員になられたら、新しい鉄道に出逢えると思いますので、たくさん楽しい旅をお過ごしくださいね。その彼女さんとも」
 僕の狼狽えぶりから女性には全てを見抜かれてしまったようだった。

後編へつづく


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