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なんとなくいいな、の世界
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#文学

【四周年】進水記念日

【四周年】進水記念日

 当方は、毎年六月八日に、“進水記念日” と題する文章を航海している。本稿は、四回目である。
 読者諸賢の中に、毎年恒例と思われる方がいらっしゃれば、我が兄弟航路のファンとして認定いたしたい。過去三回をご存知でない方も、いやいやファンですよ――とおっしゃっていただけるなら、丸四年の旅路を共に祝いたい。

 旗揚げから今日に至るまで、兄弟航路のファンは、最低一人、必ずいる。その一人とは、当方の、要す

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【小説】蝶に宿りて

【小説】蝶に宿りて

 愛とは、見捨てないことだと、誰かが言ったそうです。けれど、見捨てるべき人を見捨てられない場合は、愛と呼べるのでしょうか。
 結局、私は何度裏切られようとも、母を見捨てられませんでした。

 六年ぶりの再会は、歌舞伎町で働いていた頃です。
 桜が咲き始めた三月の夜、どこで噂を嗅ぎつけたのか、母は客として現れました。金回りの良さそうな身なりで、目立つ黄色いジャケットを着ていましたが、瞬時に誰か分から

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雪の降る日に ~ショートショート410字~

雪の降る日に ~ショートショート410字~

 雪化粧の庭は、取り澄ましたような顔をしていた。
 母は、予定が書き込まれた壁掛けのカレンダーを指でなぞり、はたと思い出したらしい美容室に電話を入れた。

「俺が切ろうか?」
 柄にもない提案をすると、母は照れ臭そうに微笑んだ。

 板の間の窓辺に新聞紙を広げ、雪見席の美容室を即席でこしらえた。遠方の山並みは、どんよりと垂れ込める雲に閉ざされていた。
 母を椅子に座らせると、痩せ細った首に大き

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【自己紹介】甲府の自宅にて

【自己紹介】甲府の自宅にて

 弟よ、そして読者諸賢よ、私は大海原に憧れを抱く。緩やかな追い風を浴びながら、青白く光る水平線の彼方へ、好奇心の赴く儘に舟を漕ぎ出してみたい。山に囲まれた甲府(山梨県)の、昨日を焼き増したような景色から抜け出して、地図も持たずに旅をしたい。加工された電子的な情報ではなく、そこはかとない音や香も感じ取り、異世界の只中に浸りたい。
 時には舟の上に寝そべり、波のまにまに時間が贅沢に流れるだろう。いつし

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【小説】青朽葉

【小説】青朽葉

 法学部二年の真司は、清涼な空気にいざなわれ、早朝のランニングを日課に定めた。食欲の秋にかまけた挙句、怠惰な体になった去年を反省してのことだ。
 タオルを首に巻き、ウエストポーチを腰に巻く。両親と年の離れた弟が、戸建ての二階でまだ寝ているうちに発つ。イヤフォンで軽快な音楽を聞きながら、毎朝ほぼ同じルートを颯爽と走る。高校時代の彼は、バスケットボールの選手だった。
 閑散とした道に、様々な枯れ葉がぽ

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【小説】カネの準備は出来ている

【小説】カネの準備は出来ている

 夏のおびただしい日差しを避け、賑わう学食で特盛カレーを食べていると、嫌な話を小耳に挟んだ。
「シングルマザーの再婚率は、子供の性別によって五倍の差があるらしい」
 ちらりと振り返ったところ、男が女に語っていた。五倍は、流石に盛っていると思った。
「どっちが再婚しやすいの?」
「そりゃあ、女の子でしょう」
「ああ・・・なんか、気持ち悪いね」
 生じた偏見は、致し方ないのかもしれない。性的虐待に関す

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