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#文章

四画

四画

最初は雨だったか 今は濃霧にけぶれる都市の 灰色の空気を閉じ込めた壁画にて 死の論証は完了していた 

夢のなかに 繋留された頭蓋骨たち 肖像画は無惨に 夕焼けのごと切り裂かれた 彼は音をたてず溺死し 彼女の銃弾は空に放たれたまま 戻らない
 
動くものが 動かなくなったときの たえない静物画 限りない過去の集積が 明るいにび色のひかりを灯し 見る者の眼 眼を空に描く

歴々と積み重なる われ

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揺曳

揺曳

 交通整備の赤い誘導棒が遠い闇に揺れていた。何かが呼吸する。暮れゆく都市の、無数の箱たち。呼吸した。夜の予感が隙間風のようにガラス戸を浸潤する。また何者にもなれないまま、秋がやってくる。それは悲しみというにはあまりに浅く、後悔というにはあまりに遅い。おれたちは時間という速度の中で公転する。おれたちの球面の上には、名状しがたいどぶ色の感情の星雲が渦巻く。雲を突き抜ける強さもなければ、爆発する度胸もな

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あの一点へ

捜すという行為は 見えなくなった
ものを、ある というように
解釈する行為である
遠く踏みしめた海のうへの
不確かな感触で追憶のなかにあるその
一点を
私は捜しながら

みずからのかたくなさが
投げさせたもの
棄てさせたものの
ひとすじ澄んだ重さ
過去からせまって来る
あきらめに似た悔悟

吐き出したいものを
飲みこんで
仕方なく積みあがる日々の谺
抱きしめたいものを
突きはなして
やるかたなく滲

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皎

睡眠薬をがりりと齧った それは

絞め殺されたわたしの

骨だった

そんなことがあってもいい 午前の三時

夜盗にまぎれてわたしはひとつの流れになり

なにものか盗もうと夜の大気をまさぐる

けれども月の監視のなかで

往来は焼けただれ

人人は夢にわらう

がりりと音をたてて

臼歯に弾ける飴玉に ひかる暗闇の雫

がりりと音をたてて

沈みゆく背中に 予感するひとつの雨

睡眠薬をがりりと齧

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晩夏

真実や 誠実や 事実を 薪にして

神々の林檎を 火にかける

そうして生まれた われわれは

ゆえにわれわれが 口にするとき

―真実や 誠実や 事実というマボロシを―

林檎の甘味とともに

燃えさしが教える

お前たちは 残滓であると

[詩?] 偏在する月曜日

[詩?] 偏在する月曜日

 僕は君を抱きしめたつもりだったのだけれども、君は最初から存在しなかったんだね。溺れる者がいて、救われるものがいて、どちらでもない僕がいる。クラウドサービスみたいに、あてどのない思いたちが集まって、それには「青春」という名前がつけられた。この世は地獄や天国と同じように階層構造だよ。ヘドロのような色の河川の水面に浮く油の虹。分子構造のプリズムの中。そんなところにだけ生きてみたい。

 しっかりと地に

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虹を探す

 海辺で、山際で、異国で、雲間に虹を探すのは至極当たり前のことだとおもう。君のちいさな手は歩きながらも常に虹を描き、その奔放な軌道に光が収斂する。それは一瞬のことだったけれど、ぼくに一種の啓示をもたらす。人間はたくさんの光に編まれた虹だったのかもしれない。色とりどりの塩基対の織りなす、光の錯視。魅力的な極彩色のカーブとして人間として形象をなしている、君。

 僕が探している虹は果たして過去に見たも

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断章

 メディアが撒いた物語たちの断片が僕の内側にたくさん突き刺さっていて、ことばが阻げられているような気がするんだよ。今起こっている全ての議論を収斂するとメディア論になるんだって話、したっけ。あなたを僕はここからこうして液晶で見据えているけど、だんだんとあなたの輪郭がぼやけてくる。あなただけじゃなく、風景も、空気も、ゆがんでくる。あなたは実は何を見ているのかわからない。僕はあなたを見ていると思っている

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「醒酔」

眠りの中には、深い夜の原生林。

水中花のように、事象は浮かぶ。

人間の中には、群生する無数の手。

欠乏をもとめる、ひたすらな叫びたちの羅列。

詩文のなかには、まだ見ぬ彼方への想念。

仄かに、けれど確実に呼びかける声を潜めて。

最上階の風

最上階の風

ここはとても高いところであり、あなたに最も近いところだろうと直感しながら、一歩一歩と風をあずかりながら右足を、そして左足を前へと進め、ひんやりとした銀の手すりに触れる。ここにはいつも同じ風が吹いています、と呟きたくなる。同じ風です。ここに来るまでは、それはあなたの不在の絶対性を画定させ、鈍色の寂寥をはこんでくる、絶望的な風だとおもっていました。けれどなんでしょう、この風はあなたのように優しく、包む

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Dead "in" Alive

Dead "in" Alive

 死と生の間にはじつは境界なんて存在しなくて、それは陸続きの、明るい昼の散歩のような強度で入ってゆける。思い出のグラデーション、極彩色の陥穽のトンネルを抜けると、そこは黒い白の世界で、まさに、白が黒いこと以外はこの世と変わらないんだ。風は黒、雲は黒、傷口は白、花々は黒、脳漿は白、燻っている肉体の白―。唯一色彩を持っているのは、くちびる。無声映画の鮮烈な白と黒のほとばしりの中に、ひとすじの紅が咲く。

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織物

織物

風景は折りたたまれる。

時間と、人物と、そして言葉とともに。

けれどそれは墓標ではなく、

なお生きているうねりである。

わたしたちの心を織りなし、

わたしたちに折々の想い出を見せてくれる。

少しずつ織物を編む。

彼の言葉が、彼女の面影が、

消えない確かな感触をもって、

あざやかな色とりどりの糸となって、

編まれる。綴られる。

虹を架けるように生きる。

地球をすっぽり覆うよう

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#45 屈折率

#45 屈折率

皮膚を齧り 空を描く

虚ろに這う 蛇の如くに

室外機から零れる 排水のような

そんな空ばかりしか

描けない。

俺はあの日に確かに視えた

うらぶれた灰色の四阿で 

女の中に 海を見た

深遠とうねりの悦び

それはたしかに虹のように

色のない 色彩の蝕知

もう思い出せやしない、

映像にも満たない想

自分のはらわたを 

いくら抉っても

それは見えない。

空を描きながら 海を

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#40 花火

黒ずんだ泥濘のなかから 一人の死者が咲いた

花のようにあでやかに それは見事に死んでいた

教会堂の石櫃のごと それはうららかなる明度

「花」か「死体」か ラヴェルは迷い

そして壜には 「花火」とつけた