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「不可解」すぎる「新書大賞2022」!

2022年2月15日現在、冬季北京オリンピックが開催中である。今回のオリンピックで話題を集めているのは、さまざまな「不可解」なジャッジである。

「ジャンプ混合」では、高梨沙羅選手をはじめ、10チーム中4チームの女子選手5人が「スーツ規定違反」で「失格」になった。

「スノーボード・ハーフパイプ男子」では、平野歩夢選手が「トリプルコーク1440」を含む大技を史上初めて成功させたにもかかわらず、「91.75点」という低すぎる評価が世界各国のスノボー関係者を憤慨させた。

「スノーボード女子パラレル大回転」では、竹内智香選手が決勝トーナメントでドイツ選手と対戦し、両者とも転倒後に先着したにもかかわらず、審議で「進路妨害」と判定され「失格」の判定が下された。竹内選手は、この判定について「ジャッジの8人中6人がドイツ人なのでノーチャンスだと感じた」と語っている。

そして、まさにこの「不可解」すぎるジャッジを想い起させる出来事が、日本の出版業界でも生じている。それが、雑誌『中央公論』3月号に発表されたばかりの「新書大賞2022」である。

「新書大賞2022」の上位20冊中8冊が「中公新書」

まず「新書大賞2022」の結果を見ると、上位20冊は次のようになっている。

第1位『サラ金の歴史』中公新書 <199点>
第2位『生物はなぜ死ぬのか』講談社現代新書 <112点>
第3位『荘園』中公新書 <88点>
第4位『デジタル・ファシズム』NHK出版新書 <79点>
第5位『ゲンロン戦記』中公新書ラクレ <78点>
第6位『ジョブ型雇用社会とは何か』岩波新書 <77点>
第7位『歴史修正主義』中公新書 <74点>
第8位『ヒトラー』岩波新書 <69点>
第9位『無理ゲー社会』小学館新書 <55点>
第10位『「利他」とは何か』集英社新書 <52点>
第11位『批評の教室』ちくま新書 <44点>
第12位『氏名の誕生』ちくま新書 <40点>
第13位『ロヒンギャ危機』中公新書 <37点>
第14位『原敬』中公新書 <35点>
第15位『古代中国の24時間』中公新書 <34点>
第15位『安いニッポン 』日経プレミアシリーズ新書 <34点>
第17位『米中対立』中公新書 <32点>
第18位『サボる哲学』NHK出版新書 <31点>
第18位『探究する精神』幻冬舎新書 <31点>
第20位『土葬の村』講談社現代新書 <30点>

この上位20冊を見て最初に気付くのは、出版社が非常に偏っていることだ。現在、日本で新書を発行している出版社は30社以上あるが、このリストに登場するのは、そのうちの9社(約30%)にすぎない。

しかも「中公新書」だけで20冊のうち8冊(40%)を占め、「岩波新書」・「講談社現代新書」・「ちくま新書」・「NHK出版新書」が仲良く2冊ずつで8冊(40%)、残りを「集英社新書」・「小学館新書」・「幻冬舎新書」・「日経プレミアシリーズ新書」が1冊ずつ分け合っている。新書をよく知る人間から見ると、まるで操作されたとしか思えない結果である。

私は、2018年9月から2020年9月まで「思考力を鍛える新書」、2020年10月以降は「新書こそが教養!」という新書の書評コラムを担当している。すでに3年以上にわたって、毎月100冊以上発行される新書を吟味し、その中から本当に優れていると思った3冊を毎月厳選して精読し、書評を書いている。

そこで何よりも驚いたのは、私が2021年にベストだと厳選した新書36冊が「新書大賞2022」の20冊と、ただの1冊も重なっていないことである!

なぜこんな「不可解」な現象が起きたのだろうか?

アンフェアな採点基準

「新書大賞」の審査員は、「有識者」49名・「編集者・記者」27名・「書店員」29名で構成されている。この105名が、1年間の新書から5冊を選び、1位=10点、2位=7点、3位=5点、4位=4点、5位=3点として計算する。

なぜ審査員が105名なのか、なぜこれほど不揃いな点数の評価基準になったのか不明だが、いずれにしても、この種の「順位評点方式」の投票が必ずしも「公平」な結果を導くわけではないことは『理性の限界』第一章に詳しく説明してある。ご参照いただけたら幸いである。

しかも「順位評点方式」では、1位=5点、2位=4点、3位=3点、4位=2点、5位=1点として計算するのが普通である。ところが「新書大賞」では、1位=10点、2位=7点と、第1位と第2位に異様な高得点が与えられる仕組みになっている。

したがって、105名のうち約20名が事前に相談して「今年はこの新書に決めましょう」と第1位か第2位に投票すれば、たやすく「199点」(今年度の第1位得点)を達成できる。つまり、105名のうち20名さえ共謀すれば、いとも簡単に第1位を取ることができるわけである。これは私が想定した一例にすぎないが、現在の「新書大賞」の投票方式では、いくらでもこの種の「戦略的操作」が可能である。

さらに驚かされたのは、「有識者」49名の「ベスト10」ランキングである。

第1位『サラ金の歴史』中公新書
第2位『ゲンロン戦記』中公新書ラクレ

第3位『ロヒンギャ危機』中公新書
第4位『ジョブ型雇用社会とは何か』岩波新書
第5位『歴史修正主義』中公新書
第6位『原敬』中公新書

第7位『米中対立』中公新書
第8位『荘園』中公新書
第9位『文部科学省』中公新書
第10位『ヒトラー』岩波新書

これらの「有識者」49名が選んだ上位10冊は、なんと8冊(80%)が中公新書なのである! ここまで「中公新書」に「忖度」する「有識者」ばかりを集めたとは、北京オリンピックの「不可解」審査員たちも、顔負けなのではないか(笑)?!

「新書大賞」という名称の思い上がり

改めて「新書大賞」の説明を読んでみよう。

中央公論新社が主催する「新書大賞」は、1年間に刊行されたすべての新書から、その年「最高の一冊」を選ぶ賞です。……今回の「新書大賞2022」では、2020年12月~2021年11月に刊行された1300点以上の新書を対象に、有識者、書店員、各社新書編集部、新聞記者など新書に造詣の深い方々105人に投票していただいた結果、小島庸平著『サラ金の歴史』(中公新書)が大賞に輝きました。

いかにもフェアに「1300点以上」の新書を「105人」が吟味して「最高の一冊」を選んだかのように書いてあるが、そこにいくらでも「欺瞞」の入り込む余地があることは、十分ご理解いただけたことと思う。

「中公新書」にはすばらしい作品が多く、私の書評でも何度も取り上げている。しかし、同じようにすばらしい新書を出版している「光文社新書」・「講談社ブルーバックス」・「文春新書」・「平凡社新書」・「朝日新書」・「角川新書」・「新潮新書」・「祥伝社新書」・「PHP新書」・「SB新書」などの出版社の名前が一度も登場しない偏った審議で「新書大賞」を名乗るとは、甚だしい「思い上がり」ではないだろうか?

そもそも「新書」は、考えられる限りのあらゆる分野の「教養」を幅広くカバーしている。したがって、最初から「最高の一冊」を選ぶような発想自体が間違っているとも考えられる。

ノーベル賞が「物理学賞」・「化学賞」・「医学生理学賞」・「平和賞」・「文学賞」・「経済学賞」のように分類されているのは、学術界で毎年一点だけの「最高のノーベル賞」を選ぶことが不可能だからだ。

『サラ金の歴史』について

今年度の「新書大賞2022」は『サラ金の歴史』だという。この結果について数名の編集者と話したのだが、「ハア?」・「これは酷すぎる!」・「バイアスかかりすぎですね!」というのが、彼らの反応だった。

仮に「新書大賞」がノーベル賞のように分野別に分かれていて、『サラ金の歴史』が「新書大賞・経済学部門」で第1位になったというのであれば、まだ理解できる。私もことさらに『サラ金の歴史』を批判するつもりはない。

しかし、『サラ金の歴史』が2021年発行の「すべての新書」の中で「最高の一冊」だと決めつけられると、怪訝に感じる読者の方が多いだろう。これを当然の結果のように発表する傲慢不遜な「新書大賞」である限り、中央公論新社は、次第に読者の「信頼」を失っていくに違いないと予測しておく。

ついでに、偶然だが『サラ金の歴史』(中公新書)が発行されたのは2021年2月20日、その3日前の2021年2月17日に、私は『フォン・ノイマンの哲学』(講談社現代新書)を上梓している。

さて、書籍販売最大手のAMAZONには「カスタマー・レビュー」がある。書籍の場合、わざわざ時間を割いて匿名でレビューを書き込むのは、ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、それなりに余程のインパクトを感じた読者だけだろう。私は、これらのレビューこそが、著者にとって最も重要な真の「評価」だと思っている。

この「カスタマー・レビュー」を見ると、2022年2月14日時点で『サラ金の歴史』には「127」、『フォン・ノイマンの哲学』には「533」(約4.2倍)のレビューが付いている。つまり、同じ1年が経過した段階で、AMAZONでは、『フォン・ノイマンの哲学』の方が『サラ金の歴史』よりも圧倒的にインパクトが強かったわけである(かといって『フォン・ノイマンの哲学』の方が「新書大賞」に相応しいと主張するつもりは、まったくない……笑)!

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読者が自由に匿名でレビューや書評を書き込めるSNSは、AMAZONの他にも「ブクログ」や「ブックメーター」など、いくらでもある。もちろん、Twitter や Facebook にも多くの書評が書き込まれている。それらのレビューを参考にする賢明な読者は、「新書大賞」のような大袈裟で空虚な名称の「販売促進」あるいは「売名行為」には、騙されないだろう(笑)!

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