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連載:「新書こそが教養!」【第62回】『明治の説得王・末松謙澄』

2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

「黄禍論」を論破した「説得王」

明治28年(1895年)4月17日、「日清講和条約」が下関で締結された。日本の全権は総理大臣・伊藤博文と外務大臣・陸奥宗光である。日清戦争に敗れた清は、遼東半島・台湾・澎湖列島を日本に割譲して、朝鮮の宗主権を破棄し賠償金を支払うことになった。ところが、批准交換までにロシア・ドイツ・フランスの「三国干渉」を受けて、日本は遼東半島の返還を余儀なくされた。

翌年の1896年5月、ロシア帝国の皇帝に即位したニコライ二世は、黄色人種を敵視する「黄禍論」を信奉し、日本人を侮蔑して「黄色い猿」と呼んだ。彼は、皇太子時代に来日した際、大津で反ロシア主義の日本人警官に頭を斬りつけられ、生涯にわたり頭痛に苦しめられた。彼は対日強硬派のエヴゲーニイ・アレクセーエフ提督を極東総督に任命し、「南下政策」を推進させた。

清から遼東半島を租借したロシアは、最南端の旅順に堅固な「旅順要塞」を築き、朝鮮半島の「大韓帝国」に親ロシア政権を樹立させた。ロシアが日本を植民地化するのは、時間の問題と思われた。明治36年(1903年)10月2日付『東京朝日新聞』には、アレクセーエフが「日本の兵力などまったく考慮する必要がない」と述べた記事が掲載され、日本の軍部を激怒させた。

当時のロシア帝国の戦力は、日本とは比較にならないほど圧倒的に優位だった。戦略的にも、ロシアの艦隊が日本海を制圧すれば、日本と朝鮮半島を簡単に分断できる。補給路さえ断てば、朝鮮と中国に駐屯する数十万人の日本兵は降伏するしかない。あらゆる国際世論が日本に勝ち目はないと予測した。

この日本の窮地を救ったのが、伊藤博文の娘婿に当たる末松謙澄である。彼は、日本が生き残るためには「日英同盟」に救いを求めるしかないと考えた。ケンブリッジ大学を卒業し、英語のディベートに秀でていた末松は、1904年5月、ロンドンの社交クラブで「日英の極東問題観」を講演し、日本の立場を政財界に説く活発なロビー活動を開始した。7月に「日本とロシア」、8月に「日露戦争の開始」のような論文を次々とイギリスの基幹雑誌に投稿するなど、日露戦争中、彼はヨーロッパの新聞・雑誌に20以上の記事を載せた。

本書の著者・山口謠司氏は、1963年生まれ。大東文化大学文学部卒業後、同大学院大学院文学研究科修了。ケンブリッジ大学・フランス国立社会科学高等研究院へ留学、大東文化大学准教授などを経て、現在は大東文化大学教授。専門は中国文献学・書誌学。著書に『妻はパリジェンヌ』(文藝春秋)や『日本語を作った男』(集英社インターナショナル)などがある。

末松は、「黄禍論」を「人種差別に基づく幻想」と論破して、イギリスの世論をロシア批判に傾けた。イギリスがスエズ運河の通航を拒否したため、ロシアのバルチック艦隊は日本海到達までに7か月を浪費した。それを用意周到に待ち構えた連合艦隊が、日本海海戦で完膚なきまで叩きのめしたのである。

本書で最も驚かされたのは、末松が「大日本帝国憲法」を起草し、私財を投じて全12巻に及ぶ明治維新史研究『防長回天史』を編纂したばかりでなく、28歳の時点で『源氏物語』を初めて英訳してイギリスで出版していることだ。彼が外国人を「説得」できた背景には、奥深い「教養」があったわけである!

本書のハイライト

謙澄の生涯を俯瞰して思うのは、一点、「国に対する思い」である。戦後使われる「ナショナリズム」や「愛国心」は、「軍国主義」あるいは「国粋主義」また「愛郷心」などとして理解されがちである。しかし、謙澄はもちろん、明治維新を経験した人々にとっての「国に対する思い」は、いわゆる戦後世代の我々が考える「愛国心」とはまったく異なるものだった。では、それはなんだったのか――と問われると、はたして、彼等の生き方、彼等が残した言葉からそれぞれが感じるしかない。もし具体的に言えと言われるなら、「すべてと繋がっている」という意識ではなかったかと言いたい。(p. 182)

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