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不思議の住処

8
短編連作『不思議の住処』をまとめたマガジンです。一夏の和風幻想物語。妖、神、獣、日常の中の不思議が好きな人におすすめです。
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記事一覧

不思議の住処 8 (完結)

不思議の住処 8 (完結)

阿吽
 豪華な夕食を堪能し、風呂にも入り、読みかけの本の続きもそれなりに読めたところで、外へ出る。爽やかな夜風に当たりながら、虫の声を聞く。

 一人で暗い竹林を行くというのは、またどこかへ迷い込んでしまいそうだな、と思っていると、本来何もないはずの塀に、扉が現れた。阿吽の裏扉である。淡い橙の光が隙間から漏れ出ている。これはありがたいと思い、扉を開ける。

 いらっしゃいませ、といつも通りの優しい

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不思議の住処 7

不思議の住処 7

日常 
 昨日の長い一日のせいか、起きて時計を見ると昼過ぎであった。着替えや食事を済まし、出かける準備をする。夢の途中でないことを確かめるために、誰かに会おうと思う。

 縁側から見える庭がいつもより生き生きとしている。日が高く登り、金色を半透明に薄めたような光が包んでいて、神聖さを感じさせるほどに輝いているからだと、理由を考えてみる。

 眩しさに目を細め、心の奥が漣のように揺れるのを感じる。日

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不思議の住処 6

不思議の住処 6

最果て 回廊を抜けると、大きな武家屋敷のような建物の中に繋がっていたのだと気づく。立派な庭、むしろ庭ではなく大自然と呼べるような草木に辺り一面が取り囲まれている。

 苔がむし、全体が薄く霞がかっているところに、すっきりとした光が差し込んでいる。奥には控えめな滝が優しく落ち、浅い小川となって緩やかに流れていく。澄んだ空気がひんやりと私の頬を冷やす。

 そこにいる人々は皆歌を口ずさんだり、ビードロ

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不思議の住処 5

不思議の住処 5

少年
 灰とともに、ゆっくりと、私ははもう一度最果ての地に降り立った。先ほどと変わらない様子の暗く静かな町で、少年を探し始める。明石の言う通り、何かの気配が漂っているような気がしないでもないが、私にはよくわからなかった。

 いくつもの路地を抜け、自分が来た方向さえわからなくなった頃、古めかしい大型商業施設のような建物の端に、見覚えのある扉を見つけた。かけられた表札の灰を払う。そこはやはり、喫茶『

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不思議の住処 4

不思議の住処 4

裏稲荷
 龍と私が顔を出した先は、真昼の日差しが降り注ぐ神社の池であった。龍は私を地上へと押し上げた後、蛇の姿になって這い上がってきた。私が彼に礼を言うと、いえいえお気になさらず、と彼は首を横に振った。

 そんな私たちの様子を、少し驚いたような表情の明石が切り株でできた椅子に座って見ていた。手には釣り竿が握られている。神社で釣りとははたして許される行為なのか疑問ではあったが、それについて問う前に

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不思議の住処 3

不思議の住処 3


 夜の町へ繰り出した。誰も知らない病名を探しに。憂鬱の正体を探しに。名も知らぬ虫たちが群れる街灯沿いを、静かな風に吹かれながら歩いていく。

 ふと、振り返ってみると、いつもと景色が違うように感じられる。しかし前を向くと、やはりいつもの道である。私は元来た道(ではあるが今は知らない道と化している)を行くことにした。

 辿り着いた町は、凍てついていて、静寂に覆われている。花はもう死んでしまった

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不思議の住処 2

不思議の住処 2



 雨が降る。庭の木々は、水滴を弾きながら、青々とした匂いを撒き散らしている。涼やかな風が柱の隙間から入り込んで部屋を満たし、冷やしていく。

 耳を澄ませ、雫の奏でる音に心地の良い孤独感を刺激された私は、こんな日ほど、外に出るべきだと思う。喫茶『阿吽』の、雨の日限定メニューのために。

 和傘を開き、濡れた石垣沿いを歩く。アスファルトの隙間から、何かの芽が生えているのを見る。木の葉の囁きが、

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不思議の住処 1 (連作短編)

不思議の住処 1 (連作短編)

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門 #小説

あらすじ

「この地では不思議なことがよく起こる。それは神や獣や妖といった森羅万象の共存の証なのだ」

 田舎町の木造の古民家に住み始めた朴訥とした性格の佐川は噂通り、様々な不思議に出会う。謎に包まれた知人以上友人未満の男、明石。竹林の奥で喫茶店を営む姉妹。重なり合う異界。日常を生きる人ならざるものたちとの交流。不思議が不思議を呼ぶ、一夏の和風

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