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夜鷹つぐみの遺品

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「夜鷹つぐみ」という一人の人物は、いつの間にか「夜鷹」と「つぐみ」の二人に分裂していた。愛と救いと安眠を巡って、それぞれがそれぞれの仕方で喘ぐ。
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記事一覧

遺稿84番

痴話喧嘩を見たり行ったりする度に思うことはと言えば、人生、即ち人としての生はスポーツだということである。そのことによって、「生は剽窃である」(『生誕の災厄』)のだ。

肉に埋まったナイフの羽根

 先日、つぐみが毛づくろいをしていたときのことだが、驚くべきことに、全く穏やかな色合いに生え変わってしまったと思っていた羽毛の中に、一枚、鈍く輝く刃のような黒羽根が混じっていたのである。つぐみは当然、こんなものが混じっていてはたまらない、と思ったわけだが、間もなくして、安心感のようなものが漂ってきた。確かにこれは夜鷹の羽根であって、彼の痕跡は、たとえかつては一枚残らず消え去っていたとしても、今確か

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遺稿75番

 大丈夫。もう少しすればまた段々と暖かくなってきて、夏が、そして夏特有の〈死にたさ〉がやってくる。

春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の、それぞれ特有の〈死にたさ〉がある。いずれにしても〈死にたさ〉だ。しかし、それぞれ違った色合い、風合い、味わいがあって、なかなか愉しむに堪えるのである。

遺稿90番

味噌汁の香りを腹一杯に吸い込んだ朝。ほんの一瞬、人間を美しいと思えた。

遺稿21番

泣き言の行き場は無い。よって、速やかに泣き止むべきである。ところで、「泣き止む」とは「息を引き取る」の謂いではないだろうか?

遺稿45番

死の間際に見た青灰の髪の少女は、バス停でイヤホンをしていた

遺稿32番

「もう ぜんぶ いやだ」って文字を打つ一押し一押しが いやだ

囀り

あなたはすごい人。私には一生かかってもあなたのように生きることはできないわ。もう、幸せに生きられる人たちだけで、勝手に幸せに生きていてほしい。私には一生かかってもあなたのように笑うことはできないわ。

私が生の落伍者であることを日々夢想するけれど、いざとなれば全ての責任を忘れて舞台から降りてもいいと思えば少し気が楽になったりもするけれど、それでもその度、泡を吹きながら痙攣するだけの私の体を

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キェルケゴールの窓

 ひとは無反省な限り何かに希望を抱いており、反省を始めた途端に絶望的になるかのように、差し当たりは思われている。深く考え込まずに、長すぎる視点に立たずに、とりあえず生きて居れば、漠然とした目標もあるし、まさか数十センチ先のコップを手に取ることに失敗するなどとは思いもしない。仮に数歩先が全く巧妙な落とし穴であり、数秒後に命を落とすことになろうとも、そのようなことは思いつきもしない。

 ところがその

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救済と撤回

 我々は救いを求める。救われることを求める。だがそこで一体何が求められているのか。我々がかつての「救われた」経験を思い出すとき、それは回顧的錯覚であって、その実、撤回した経験でしかないのではないか。

 救済の構造は赦しの構造と合致する。どちらも、不可能なことの実行を意味する。救済は、救済を望まない者の救済のみを指し、赦しは、赦すことのできない者を赦すことのみを指す。救済されるべき者は、救済を望ま

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遺稿5番

二人の遅刻常習犯――神と寿命

遺稿13番

深夜ひとりの枕元、ヘッドフォンのケーブルが横たわっていることに気付くのに随分とかかった。

遺稿50番

私は娼婦。僕は信じない。私は娼婦。僕は信じない。私は娼婦。僕は信じない。

ーーベッドの上で編み出された念仏