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キャリー・マリガンの肖像とプロミシング・ヤング・ウーマンについて

もう数時間後に第93回アカデミー賞が始まるので、こちらの原稿から上げておく。

大傑作、プロミシング・ヤング・ウーマン

プロミシング・ヤング・ウーマン(原題:Promising Young Woman(訳:前途有望な若い女性))を昨日見てきた。まだ今年もあと8カ月あるが、今のうち断言しておく。今年のベスト1であろう(もちろん、これを超える映画と出会えるのもまた楽しみであるが)。それぐらい最高だった。日本では夏公開みたいなので、「実はそこが地球で…」とか「実は主人公は既に死んでいて…」とか「主人公だけ助かって…」とか「カイザー・ソゼは…」とかみたいな大胆なネタバレはしないが、もう何も情報を入れずに観たいというのであれば、心配ない、最高の映画だったことだけは保証しよう、そしてすぐにここを離れて、7月16日に備えよ。

この女優/俳優が出演しているのなら何も言わずに映画館に行く、という女優/俳優がそれぞれいるだろうと思われる。例えば、私の場合はキルスティン・ダンスト、エマ・ストーン、テッサ・トンプソン、シャーリーズ・セロン、アンナ・ケンドリック、レア・セドゥ、ナオミ・ハリス、ハル・ベリー、ジェシカ・チャスティンらがそういう女優にあたる。そして、本作に登場するキャリー・マリガンも間違いなくその一人である。

キャリー・マリガンの作品について

キャリー・マリガンを最初に観たのは『17歳の肖像』だったと思う。とても綺麗な女優さんだなぁと思った。内容的にはよくある「マイ・フェア・レディ」系映画である。(ただし!!!ピーター・サースガード演じるゴールドマンは初めて出会った日に、しっかり彼女を家まで送り届ける!)ここでもキャリー・マリガン演じるメラーは成績優秀でオックスフォード大学を目指す優等生役を演じている。

そして、次に重要になる作品は2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ原作の『私を離さないで』である。本作品と最も繋がりのある作品である。というのも、両作品ともシステムによって搾取された人間について描いている。しかも『私を離さないで』における女性間の友情が男性によって切り裂かれてしまうというテーマでも本作とは繋がりがあるように思える。(ちなみにどちらもキャリー・マリガン演じる主人公の名前はキャシーだが、『私を離さないで』ではKathyで、本作『プロミシング・ヤング・ウーマン』の方はCassandra でCassieである。)

自分を傷つけながらも性に対して奔放であるかのように振る舞う本作のキャリー・マリガンの役のイメージは、2011年の『シェイム』から来ているのかもしれないが、次作『華麗なるギャツビー』でのデイジー役にしても、本作以前のキャリー・マリガン演じる役柄は優秀で、綺麗で、美しいが(男性的な)システムに抑圧された結果、非主体的な運命に見舞われるようなことが多かったことは確かだろう。それこそ、ハリウッド的な搾取の構造にキャリー・マリガン自身が陥ってたのかもしれない。

抑圧・搾取からの解放と『ジョーカー』との関係

しかしだ。本作は、この彼女が背負った抑圧、搾取されてきた側の思い、虐げられ忘れ去られた側の情動をすべて乗せて、この構図を反転させる。エメラルド・フェネル監督はいとも簡単にそれをやってのけるのである。(ちなみに、監督自身がYoutuberとしてある行為のためメイク講座をしてるシーンがあるのだが、最高以外の言葉が見つからない。)

私は2010年代の最高傑作と言われれば、トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』(原題:Joker)を挙げるほどこの『ジョーカー』という映画が好きであるが、本作『プロミシング・ヤング・ウーマン』は女性版『ジョーカー』とかっていう枠を余裕で通り越して、大・大・大傑作だと思う。1. 車の窓から顔を出し風を感じるシーン、2. 鏡に向かってメイクしながら口紅で笑顔(Happy Face)を作るシーン、それから3. 終盤の看護師(医師!?)のコスプレで敵地に乗り込むシーンなど『ダークナイト』や『ジョーカー』へのオマージュ満載なのである。いや、というか4/ 本作のポスター、口紅で文字を書き鏡越しに主人公がうつるなんてまさしく『ジョーカー』のワンシーン("Put on a Happy Face")ではないか!

1. パトカーの窓から
2. 口紅からのHappy Face
3. 看護師コスプレ
4. Put on a Happy Face 

要は本作の主人公キャシーは、神と人間の間の堕/天使なのである。彼女は神のように人間をばっさばっさと裁いていく。これは『キック・アス』、『スーパー!』や『ゴッド・ブレス・アメリカ』 に通じる系譜である。そして、その天使性ゆえに神に愛される人間にもなりたいとも思ってしまう(『ベルリン・天使の詩』がまさにそういう映画だった)。そこで彼女は揺れ動く。もう亡霊を追いかける旅なんか止めるべきなのではないか、もう居ない人との約束は忘れて自分のために生きるべき時期が来ているのではないかと。時計が止まってしまったあの日から、もう一度人間としてやり直せるチャンスがあるのではないかと。

ジョージ・フロイドの死

2020年5月25日にミネアポリス近郊で黒人男性ジョージ・フロイド氏の「首を膝で押さえつけて死亡させた白人男性に対して、5日前に有罪判決が下った。それは心の底から良かったと思うが、すべてがすべて、このように事実が事実として認定されないことは多々ある。証拠が残っていなければ、事実なんていくらでも修正できる。そういう「ポスト・トゥルース」的な時代を私たちは生きている。どのような形であれ、記録を残す、痕跡を残す。こういった時代に生きている私たちとしてできることは、こうした些細な記録をとり続けることなのかもしれない。

とにかく、本作『プロミシング・ヤング・ウーマン』にはキャリー・マリガンの主演女優賞のみならず、その他作品賞、監督賞、脚本賞や編集賞でも今日のアカデミー賞を取って欲しいと願うばかりである。今年最高の映画体験であったことには間違いがない。

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