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ショートストーリー

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2024年4月の記事一覧

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

 コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。

 仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい

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〔ショートショート〕 雨と無知

〔ショートショート〕 雨と無知

 仕事から部屋に戻ると、いつも決まってまず風呂に入る。これが、この男の習慣だった。湯を張ったバスタブの中にふんぞり返って座り、ふちに足を投げ出して大股開きで座る。このとき、肩はお湯の中にしっかり沈め、首を通り越し顎の先にお湯が付くまで沈む。「肩までしっかり浸かれよ」。男が父親から言われたことで、一番理解できて、心から納得した教えだった。今日みたいに肌寒い日は、もう秒数を数えてもらわなくても良いくら

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消えた蜘蛛の居場所は知らない。

消えた蜘蛛の居場所は知らない。

 戸惑いながら怒るボクに、「ごめんね」とすぐに謝れるキミに恋をするのは1年後のことだった。

 小学校の掃除の時間。共にふざけていた女の子が急に泣き出した。箒の柄の木の部分でボクを叩いて笑っていたその子が、暫くして、ぼーっと他のことに気を取られていたから、ボクはその子の頭にコツンと箒の柄を当てた。すると、その子はしゃがみ込んで泣き出してしまった。すぐに「だいじょうぶ?」と、周りの女の子達が集まって

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ポンパドール

ポンパドール

 わたしは右手の甲に雀を飼うことにした。
 痛みを唄うこともことも許されないから、強くなれる。理不尽なことに押さえつけられるのは馴れているし、今回がはじめてというわけじゃない。だけど、だからこそウンザリするの。我慢さえしていれば、その声は野鳥のさえずりと変わらない平穏の括りの中に入れられる。
 だから、わたしは舌切り雀のタトゥーを入れることにした。
 
 そんな理由で雀が、わたしの右手に住み着いて

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灰皿にスプリング

灰皿にスプリング

 4月1日にオレが始めたことといえば、読みかけで積読になっている短篇小説集を切りの良いところまで読んで栞を挟み直したくらいで、履き慣れたウォーキングシューズで歩くことになんら変化は無かった。昨日、散髪に行ったが、それは単なる偶然。
 
 床屋のドアを開けると、床屋のおやじが煙草を片手にこちらを見る。
「ちょっと待ってくれ。お前も吸うか?」
 そう言って差し出す煙草を一本受け取り、隣に座る。
 オレ

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