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「映画や本は、僕にとってのたった一人の親友のようなもの」真の自由を求めて

「子どもの頃から映画が大好きなんだ。映画を観ることで、過去や未来に自由自在にタイムトラベルをしているような感覚がするんだよ。自宅のベッドルーㇺでラップトップを使って、世界中どこへでも行ける」と話してくれたのは、ある国の一人の青年。彼がどのようなきっかけで本や映画について目覚め、どんな物語に夢中になったのかを聞いてみました。

UnsplashDollar Gillが撮影した写真

映画の技法「プロットのひねり」ですべてが覆ることも

今度、彼は5日間のまとまった休みを取るといいます。そのときに読みたかった本や映画をまとめてみるのだとか。彼はどんなふうに休日を過ごす予定なのでしょうか?

「最初の3日間は、ベッドの上で観たかった映画をひたすら見続けるよ。おなかがすいたら軽い食事をして、また映画の続きを見ると思う。残りの3日間は、仕事の進捗状況などを確認して、夜は友達と一緒に出かけると思う」

映画やテレビのドキュメンタリー番組が好きだという彼。いったいどんなところに惹かれるのでしょうか?

「ドキュメンタリー番組の中でも、とくに歴史の分野が好きなんだ。登場人物がどのような行動をするか、とても興味があるんだ。そこから学ぶことも多い。本当に素晴らしい映画やテレビ番組は見飽きることなく、最後まで興味深く楽しめるんだ。映画は、僕にとってのたった一人の親友のようなものなんだ。僕は俳優になりたくて、演技指導のクラスにも通っていた。今でも俳優に憧れてる。

映画やテレビ番組の面白いのは、最後に物語が根底から覆されることがあるんだよ。敵だと思っていた人が実は味方だったり、その逆があったり。これは、まるで人生が予測不可能だということを示しているようで、とても興味深い。これを「物語(プロット)のひねり」というんだけど、この技法を使うことで、読者を最後まで飽きさせず惹きつけることができるんだ。

たとえば、1995年に公開された映画『ユージュアル・サスペクツ』は、銃器強奪計画に巻き込まれた5人が、釈放後、協力して宝石強奪を決行する物語。物語最後の5分で、真の犯罪者が暴かれるんだけど、結末が衝撃的だったよ! この映画は非常に魅力的だった」


友人の誘いを断って再会した本との日々

映画やテレビ同様に、彼が深く興味を持っていることの1つが読書です。

「10代の頃、友達にカフェに誘われたんだけど、そのとき家の経済状況が良くなくて友達の誘いを断って家にいたんだ。友達から誘われたけど、自分だけ行けないんだ。そんなときインターネットで本がPDFでダウンロードできることを知り、本を読み始めたんだ。子どもの頃はよく両親が本を読んでくれたけど、成長して本を読むのは久しぶりだった。改めて本を読んでみると、とても魅力的に感じて読書が趣味になった。次から次へとスマホで本を読み続け、その数は100冊以上になったと思う」

仲の友達と一緒に遊びたいけれど、経済的事情から自分だけできない。鬱屈した気持ちを静め、想像と知識の扉を開いてくれたのが、彼と本との再会だったのかもしれません。読書の魅力に取りつかれた彼は、何度も書店に足を運び、様々な本を読み漁ったといいます。

「仕事が終わると、本屋に行って2時間くらい読書に没頭した。本当は本を買って家に帰って読めばよかったんだけど、当時はお金がないから本が買えなかったんだ。今は、安定した収入があるから本を買えるから、罪悪感もあってちょっと余分に買ってるよ。

僕が本を読むのが好きな理由は、本の登場人物として自分自身を想像することができるから。いつかパイロットになりたいと思ったり、その翌日は日本でホームレスになろうと思ったり。本を読むことで、空想の世界が広がり、どんな人物にだってなれるし、行きたいところにも自由に行くことができる。僕は、有名になりたいとか、人気者になりたい、たくさん友達が欲しいというようなことは、考えたことがない。破産した時でさえね。ただ自由になりたかったんだ。

本を読むと、主人公とまるで対話しているかのように感じることがある。たとえば、1982年にノーベル文学賞受賞を受賞したコロンビアの作家ガブリエル・ホセ・デ・ラ・コンコルディア・ガルシア・マルケスの本を読んでいると、本を通して彼の心の中でどんなことが起きているのか知ることができる。また『ブルータス、お前もか』の名言で有名なガイウス・ユリウス・カエサルについて書かれた本を読むと、彼の人物像がクリアになるとともにBC100年時代をまるで今まさに体感しているかのような感覚になれるんだよ」

マコンドの幻影。繁栄と衰退の物語



彼はこれまでにたくさんの本を読んできたといいます。その中でもとくにお気に入りの一冊がガブリエル ガルシア=マルケスの『百年の孤独』。いったいどんな話なのでしょうか?

「この本は1組の夫婦から始まり、100年以上にわたる6世代の家族の物語。ブエンディア一族は、住み慣れた街を離れ、蜃気楼の村「マコンド」を創設。村には、小さな家が建ち並び、一族も町も繁栄するものの、やがて没落し、消え去ってしまう。この物語は、僕にとって想像力を刺激し、人生の意味を考えさせてくれる貴重な一冊だよ。僕は、物語の世界を想像し、味わうことが好きなんだ。

ガルシア=マルケスの代表作で、世界中でベストセラーとなり、ラテンアメリカ文学ブームを引き起こした作品としても有名だよ。この小説を中心に、1982年にノーベル文学賞を受賞した。また、2002年にはノルウェイ・ブッククラブによって『世界傑作文学100』にも選ばれている。
日本でも1972年に出版され、1982年に映画化が試みられたんだけど、原作者との係争により公開が不可能に。改題『さらば箱舟』で公開しようとしたけど、寺山の死により結局実現しなかったんだ」

『百年の孤独』。物語の舞台となるのは、コロンビアのリオアチャにあるコミュニティ。そこでは、近い血縁同士での結婚、出産が続いたために、豚のお尻が生えた子どもが生まれる。それをきっかけに、主人公の女性、ウルスラ・イグアランは、又従弟となる夫、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとの性行為を拒否。夫のホセが彼女を馬鹿にした男を殺してしまい、二人は故郷を離れて新しい住処「マコンド」を開拓した。ウルスラは以後、豚の尻尾の奇形が生まれないように、家訓として血の繋がりのない相手との婚姻を提唱したが、後の世代でそれが破られ、マコンドは衰退と滅亡に向かっていくことに。

ガブリエル ガルシア=マルケス『百年の孤独』(新潮社)


服装ですら厳しく制限されることも

もう1冊、彼のお気に入りの本を教えてくれました。この本は、彼の人生の根幹にかかわる物語で、同時に、日本に住む私たちには感じたことのない世界観かもしれません。

「僕が気に入っているもう1冊の本は、ジョージ・オーウェルの『1984年』。これは独裁国家についての物語で、僕の故郷と重なるところもある。独裁国家では、人々の行動が常に監視されているような感覚がある。友達や恋人と一緒に出掛けるだけで、尋問される可能性もある。服装についても、30年前は袖なしのTシャツを着て外出できていたけど、今はそれが難しい。宗教的規範に基づき、服装が厳しく制限されているんだよ。

書籍『1984年』は、独裁政権の下で生きることの感覚を知りたい人にとって最高の本だと思う。映画も作られたけど、本当にひどい映画だった。興味があったら読んでみて」

『1984年』。1984年、全体主義に支配された世界で、主人公ウィンストン・スミスは体制に疑念を抱き、反体制組織〈ブラザー同盟〉に興味を持つ。彼は美しい党員ジュリアと親密になり、禁じられた関係を築くが、冷酷な罠に落ちる。本作は1949年に発表され、西側諸国で爆発的な支持を受け、1998年と2002年にそれぞれ「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」や「史上最高の文学100」に選出された。以降、思想・芸術など多くの分野で影響を与え続けている。

ジョージ・オーウェル『1984年』(角川文庫)

人が殺されても誰も気にしない。独裁国家の現状とは

「政治的な話題については話したくないんだけど」と、前置きをしたあと、彼は、彼を取り巻く社会の問題点について語ってくれました。

「たとえば、アメリカでは2013年、黒人男性が警察に殺された「トレイヴォン・マーティンの殺害事件」をきっかけにブラック・ライブズ・マター運動が起こった。これはアメリカを中心に起こった人権運動であり、特に黒人に対する警察の過剰な暴力や人種差別に対する抗議運動なんだ。

独裁国では、たびたび理由もなく人々が殺されている。でも、彼らのためにブラック・ライブズ・マターなどの運動は一切ないんだ。なぜなら誰もそれらに気にしてないから。ニュースにすらならない。そこに住む多くの人達は、彼は○○人で、我々と違うから死んでもいい。誰も気にしないという感じなんだよ。残念なことにね」

村上春樹の小説に惹かれて

読書好きな彼は、日本の小説も好きだといいます。彼が好きなのは、作家の村上春樹氏。

「日本の若者は、村上春樹を知らないか、または嫌っているよね。『海辺のカフカ』が有名かな」

『ノルウェイの森』、『1Q84』、『海辺のカフカ』などで有名な村上春樹は、日本でもファンが多い作家の一人です。彼の作品は、現実と夢の境界、個人の孤独やアイデンティティの探求などを掘り下げ、深い洞察と哲学的な考察が入り混じっているため、20代や30代の人たちの中には、難解だと感じる人がいるかもしれません。彼の話を聞いていて、久しぶりに村上春樹の本が読みたくなりました。


本を読む若者が減る一方で、支持される理由

ところで、今、日本では若者を中心に読者人口は減る傾向があるものの、彼の国ではどうなのでしょうか? 

「若い世代の多くはポッドキャストを聞いている。でも、今僕が住んでいる国では、本を読む若者もいっぱいいる。この国には、たくさんの素晴らしい作家がいるんだ。僕の祖国でも、若者たちは本を読んで熱心に勉強している。これには理由があって、祖国では国を出ようと思ったら、進学など留学目的で行われることが多いんだ。そのためにも勉強していい成績を残すことが大切なんだ。若者が本を読むのは、人によっては進学のために学力をつけるといった目的もある」

本との出会いが今の自分を作った

友達とカフェに行くお金がなかったことから始まった、彼と本との再会。彼は、当時のことを振りかえってどう思っているのでしょうか?

「16、17歳の多感な時だったから、正直、友達が普通にできることが自分にはできなかった。でも、そのことで両親を責める気持ちは全くないし、生まれ変わっても同じ両親を選ぶと思う。それに、この経験があったからこそ本の魅力に目を向けさせ、本が僕の友達になった。僕は、内向的な性格だけど、今改めて自分に満足している。
正直、今は仕事が忙しすぎて満足に本を読んだり、映画を見る時間が取れない。でも、今度まとまった休みが取れたら、思う存分、読みたかった本や映画を見て楽しもうと思う」


彼の話を聞いて、いつもはビジネス書ばかり読んでいる私も、小説を読んでみようと思いました。私が小説の中でもっとも思い出深いのは、ドイツの児童文学作家、ミヒャエル・アンドレアス・ヘルムート・エンデの『果てしない物語』(英タイトル:ネバー・エンディングストーリー)です。深紅の布張りの本の中央には、二匹の蛇がお互いのしっぽをかみ合った表紙が印象的な、とても分厚い本です。

主人公の少年、バスチアンは変わり者で、本だけが唯一の友達だった。彼が読んでいる物語のなかには、ファンタージエン国という国があり、正体不明の〈虚無〉におかされ滅亡寸前になっていた。その国を救うには人間界から子どもを連れてくるしかない。その子は深紅の表紙の本を読んでいる10歳の少年で……。バスちゃんは、物語を通して、ファンタージエン国の滅亡と再生を体験することに。

ミヒャエル・アンドレアス・ヘルムート・エンデ『果てしない物語』


彼が今置かれた状況は、いろんな制約があり、自由とはいいがたいかもしれません。そのなかでも、彼が毎日モチベーションを維持し続けながら、真摯に仕事に向き合えるのは、彼のベースとなる映画や読書への情熱があるからからでしょう。映画や本に没頭することで、現実から離れ、新たな世界に身を置く。そこで得る知識や感動が、彼に新たなエネルギーと希望となっていくのだと思います。


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