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「お掃除屋さんは見た!家の裏側はミステリー」第1話〜A様宅〜

〜お客様の数だけドラマがある〜
転職を31回経験した私。比較的長く続いたお仕事は、自営業の家事代行でいわゆる「お掃除屋さん」お客様が誰にも見せない見せたくない、家の中の隠したいところも、ぜ〜んぶ見てきました。
その中で印象に残っているお客様のエピソードを、個人が特定できないよう仮名で書き記します。ちょっとドキドキすることやほっこりすることまで、1話ずつ完結するお客様の物語。
あなたはどのお客様宅を訪問しますか?

お掃除屋さんは見た!家の裏側はミステリー


本日のお客様はA様。

A様は何度もリピート利用してくださるお得意様で、いわゆるおひとりさまを謳歌しているような女性でした。

A様のお宅は、駅近3LDKの高層マンション。
おひとりで暮らすには若干広いのでは?
と思いましたが、それぞれご事情があるのでそこには触れずに黙々とお掃除。

A様がご依頼されるのは、水回りのクリーニング。
バスルーム・トイレ・キッチンの3カ所をメインにお掃除していました。

普段は外食が多いそうで、キッチンはそれほど汚れていないのですが、それでも毎月のようにご依頼があり。

予定より早くお掃除が終わると、キッチンのカウンターでコーヒーをご馳走になりながら雑談することもありました。

A様はピカピカに磨いたキッチンの窓を見ながら……
「FIX窓(開閉できない窓)から見る夜景が好きなの」
何度もそう話されていました。

そんなA様宅の定期クリーニングを終えた日。

オートロックマンションにはなかなか入ることができないので、管理人の許可を得て、マンション内の郵便受けにハウスクリーニングのチラシをポスティングさせていただきました。

そして、後日。

そのチラシを見た方からご連絡をいただき、A様宅の3階下のお部屋へクリーニングに伺うことに。

そのお客様のご依頼は、キッチンクリーニング。
A様と色違いのキッチンカウンターが設置されていました。

(同じ形でも選ぶカラーで雰囲気が変わるものだなぁ)

そんなことを思いながら換気扇を分解し、シロッコファンなどの部品を洗剤につけ置きしていきました。

こちらのお客様は食べ盛りのお子さんがいらっしゃって、揚げ物料理が多いとのこと。

それを物語るように、壁にべったりついた油汚れや五徳にたっぷりついたコゲを、洗剤やスチームでふやかしながらゴシゴシお掃除。

作業中、暑くなってきたのでお客様にお声をかけ、キッチンの小窓を開けさせていただきました。

窓から入ってくる涼しい風を感じながら、ふと思います。

(A様宅はFIX窓だったのに、こちらのお宅は開閉できる窓……同じマンション内でも仕様が違うことがあるのかしら?)

そんな考えが頭をよぎりましたが、つけ置きした大量の部品を洗うのに集中しようと、ゴシゴシゴシゴシ……

いつもキレイなA様のキッチンと違い、お掃除しがいのあるキッチンクリーニングは正直、大変でした。

でもクリーニング後にお客様の笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶというもの。

喜んでいただいたお客様宅よりクリーニングの資材を片付け、地下駐車場にとめた車へと向かっていると……

マンションを巡回していた管理人さんに会ったのでご挨拶。

「この前、入れさせていただいたチラシのおかげで、本日のお仕事が受注できました。ありがとうございました!」

そうお伝えすると、管理人さんも喜んでくださいました。

そのお礼にと、おやつに食べようと思っていた缶コーヒーとクッキーを管理人さんに手渡し、クリーニング中に気になったことを聞いてみることに。

「このマンションは、お部屋ごとに窓の仕様が違うのですか?」

すると管理人さんの顔がみるみる曇り。

「あんた……もしかしてAさんのところもお掃除しているのかい?」

「毎月お掃除に伺いますけど……どうかしましたか?」

「実は…あの部屋は……」

管理人さんがここだけの秘密と聞かせてくれたお話。

お客様が特定されないよう詳細は省きますが……

A様はあのお部屋で同居していた彼がいて、その彼が数年前にキッチンの小窓から飛び降りたそう。

その後、A様のお部屋だけ、はめ殺しのFIX窓に変えたとのこと。

「なるほど、そんな事情が……」

「あんた、キッチンを掃除する時、何か見なかったかい?」

「いいえ何も。いつもキレイなのですぐお掃除が終わっちゃいます」

「キッチンを使うと、出るんだって」

「何が出るんですか?」

「飛び降りた彼が、窓の外に立っているんだって」

A様宅はマンションの上層階。
窓下に足場になるようなものはなく、人が立てるはずもありません。

そう、生きている人ならば……


そんなやり取りがあった翌月。
私はA様宅の定期クリーニングに伺いました。

管理人さんのお話がチラチラ頭をよぎりましたが、平常通りクリーニング。

いつものようにバスルームとトイレのお掃除を終えて、最後にキッチン。

管理人さんの話を聞いたせいかキッチンに入った時、いつもと違う感じを受けました。

全体的にはキレイなのですが、窓がうっすら曇っているように見えます。

(窓が汚れているって珍しいなぁ)

そう思いながら、ガラス用洗剤をつけた雑巾でささっと拭き取っても、窓の曇りは取れません。

(おかしいなぁ?)

私の視力は両眼で0.5くらい。
普段は運転する時しか使わないメガネをかけて窓を見てみると……

ガラス窓に手形がペタペタついていたのでした。
それも内側ではなく外側に。

「これは……拭いても取れないはずだわ」

内心、動揺した私でしたが、お掃除屋さんとして冷静にA様にお伝えしました。

「窓の外についた汚れのようなので、内側からは拭き取れません。
マンションの管理人さんに、次回の外壁クリーニングの際に窓もお掃除するよう伝えていただけますか?」

A様は表情を変えずに言いました。

「私、この窓から見る夜景が好きなの。曇っていたら夜景が見えないと思わない?」

「力不足で申し訳ありません……」

A様は花柄の封筒に入れたクリーニング代を手渡し、静かな声で言われました。

「キレイにできないなら、もう来なくていいわ」

それ以来、私がA様のマンションに行くことはありませんでした。

不思議と怖さというよりも……

A様が幸せに暮らせていることを、今でも願っています。


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