草下シンヤ
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ファッキンデイズ最終話
私の部屋に集まって加藤が持ってきた土鍋で鳥鍋をした。ノードラッグの鍋パーティという話通り、私たちはビールを飲みながら鍋をつついた。テーブルの四つの辺のひとつはあいている。いつもトミーがバカバカしい笑いを振りまいていた席だ。
マリファナの一件の後、私たちはトミーに再三連絡をし三鷹にあるアパートも訪ねていた。だがトミーが電話に出ることはなく、一週間ほど前にかけたときには番号は使われていないというア
ファッキンデイズ35
帰宅した私は便器の上でクスリ箱をひっくり返した。レバーをひねるとパケは飲み込まれていったがプラスティックのシートに包まれていた錠剤は浮かび上がった。便器に手を入れ錠剤を拾い、ティッシュで包んで再び流す。今度は飲み込まれていった。
水のないこの空間は居心地が悪くて仕方がない。早くあの橋のところに戻りたい。トイレから飛び出してマリファナの株の入ったビニール袋をつかんだ。水槽の中に入るにはこれは捨て
ファッキンデイズ34
私は昔から冷たい風に当たると偏頭痛を起こすという体質がある。それが呼び水になって体調を崩してしまうことがあるため、秋が近付いてくると首元をカバーしたハイネックのシャツを着て冷たい風から身を守るようにしている。
その日、私は会社で偏頭痛に悩まされていた。本来なら十八時頃帰宅できるはずだったが、すでに終電の時間が迫ろうとしている。
隣の席では、マックの画面にかじりついている社内デザイナーが本のカ
ファッキンデイズ33
たまに訪れるのが水槽だった。だが、今では水槽の中にいることが大半になった。仕事をしていて一休みしたとき、ふと外を見たら曇りだったとき、マリファナを吸い自己嫌悪に陥ったとき、部屋で一人でコンビニ弁当を食べているとき、さゆが独り言のようにまた仕事始めちゃったと口にしたとき、私は世間と隔たっていた。
水槽の中にいようが、私は話をする、人となにかをする、笑うべきときには笑ってみせる、真剣に仕事に取り組
ファッキンデイズ32
小雨の降る代々木公園は休日にも関わらず人が少なかった。視界全体が煙っていて芝生や木々の葉っぱも息をひそめているように感じる。私は傘を差しながら公園の奥のほうを目指していた。
斎藤さんはいるだろうか。樹に語りかけていた斎藤さんと話したのは四ヶ月ほど前だが、その後私にはさまざまな出来事が襲いかかってきた。そのとき生命の輝きを放っていた植物も今ではその内部から水分を失い、しばらくすれば黄色く染まる季
ファッキンデイズ31
書籍や原稿の散らばる机、眩しいパソコンのディスプレイ、付箋、ゼムクリップ、噛んだガムを包んだ銀紙、手の甲についた赤ペンの汚れ、で あ る か ら し て 筆 者 が 思 う に 男 性 器 最 大 の 特 徴 は そ の 変 化 の 幅 に こ そ あ る 。 人 体 の 中 で こ れ ほ ど 多 用――電子辞書で調べて「多様」に修正する。
な 変 化 を 持 つ 器 官 は 他 に な い
ファッキンデイズ30
トミーに何度も電話をかけたが拒絶されているのかつながらなかった。三日間カプセルホテルで過ごした私は部屋の様子が気になり帰宅することにした。定時でバイトを上がりおそるおそるドアノブに手をかけると、部屋の中に鎮座していたマリファナの株のイメージが鮮明に浮かぶ。
意を決してドアを開けるとマリファナの株は忽然と姿を消していた。ほっと息をついて部屋に上がる。運び出したのなら電話の一本ぐらいすればいいと思
ファッキンデイズ29
加藤にもさゆにも連絡するのは気詰まりで私は大塚駅のカプセルホテルに向かった。一泊四千円弱の出費は痛いが一人で落ち着きたかった。
ここを利用するのは初めてだったがカプセルホテル自体は高校時代に家出をして京都まで行ったときに使ったことがあった。身分証の提示は求められなかったが、カウンターの係員が家出を咎めるような視線を送ってきて肝を冷やした記憶がある。ラウンジには薄汚れたリクライニングシートがいく
ファッキンデイズ28
話をしたいから一人で来てくれと言い、トミーを部屋に呼び出した。仕事を終えて二十一時には帰宅できると思っていたが残業が長くなり、ドアを開けたのは二十二時だった。
テーブルに向かっていたトミーが怯えた様子で振り向く。私を見て引きつった表情はすぐに和らいだが瞳には落ち着きのない光が揺れている。
トミーの肩越しに見えるテーブルの上には落花生の殻が山盛りになっていた。ファミリーパックというラベルの貼ら
ファッキンデイズ27
週五日、朝十時から十八時までのバイト生活が始まった。まず私に与えられたのは校正という仕事だった。原稿を読んで、誤字や脱字、文章や内容におかしなところがないかなどをチェックするのだ。
はじめは丹念に原稿を読めばいいのだろうという認識だったが、痩せぎすで眼鏡をかけた編集長に叱責された。まったく間違いが見付かっていないというのだ。たしかに私はいくつも誤字や脱字を見落としていた。
「校正は読むんじゃな
ファッキンデイズ26
はい、そうです。はい。こちらこそ、ありがとうございます。あ、えっ、はい、ありがとうございます。いや、でも、なぜなんでしょうか? はい、意外でした。はい、え、そうなんですか。はい、嬉しいです。はい、がんばります。えーっと、いつでも大丈夫です。大丈夫です。月曜十時ですね、分かりました。持っていくものはありますか? はい、分かりました、はい、おうかがいします、ありがとうございました。
電話を切った私
ファッキンデイズ25
面接は出版社の応接用スペースで行われていた。白いテーブルを挟んで二人の男性と向き合っている。右側には眼鏡をかけた瘦せぎすの男性がついていて、左側には優しい眼差しをした初老の男性が座っている。眼鏡をかけた男性が編集長、初老の男性が社長だった。最高責任者が同席する面接に私は恐縮しきっていた。
「草下さんは予備校生ということですがアルバイトをして大丈夫ですか?」
編集長の質問に私は、今は進学よりもや
ファッキンデイズ24
厳しい言葉を受け電話を切るたびに気持ちが沈み込んでいく。履歴書を送りたいと口にしても、予備校生ならばバイトなどせずに勉強したほうがいいということを立て続けに言われていた。求人情報を出していた出版社にはすべて連絡をして、すべて断られた。面接に臨む以前に学歴ではねられるという現実に心が折れそうだった。
一方、浩司は次々に面接を決め、勇んで出かけていった。だが口の悪さと態度が災いしているのか、コンビ
ファッキンデイズ23
久し振りに再会した浩司の頭は見事な金髪だった。東京で就職活動をしたいと言っていた浩司をしばらくの間、居候させることにしたのだ。就職先が決まり家を借りるまでうちに置いておくことになる。
「それじゃあ、面接通らないだろ」
早速コンビニで毛染めを買ってきて風呂場で黒髪に染めた。
「どんな仕事したいんだ?」
「知らねえ」
「でも、働きたくてきたんだろ?」
「東京ならなんでもいいと思ってさ」
浩司と共
ファッキンデイズ22
クスリと距離を取ることにして二週間が過ぎた。部屋にはマリファナがB5サイズのビニール袋にいっぱいとエクスタシー十錠、ホフマン半シート、マジックマッシュルーム三グラム、オキシコンチン二錠がある他は大量の安定剤と睡眠薬しか残っていない。
これが終わればもうネタはやらない。さゆとトミーに宣言をすると二人は意外そうに目を見張ったが否定はしなかった。返ってきたのは歯切れの悪い肯定だった。そうだね。それが
ファッキンデイズ21
不快なざわめきに目を覚ますと部屋に見知らぬ二人の男がいた。トミーとのぞみの姿もある。うんざりとしながら身体を起こすとみなが挨拶をする。
見知らぬ男たちはのぞみの高校時代の同級生だと言った。二人とも日焼けサロンで焼いた黒い肌をしていてガラの悪い連中だと思った。
四人は朝までパルプに踊り続けた後、新宿にある友達の家にいった。その友達は昼過ぎに外出する用事があるということで四人は追い出され、途方に