ファッキンデイズ33

 たまに訪れるのが水槽だった。だが、今では水槽の中にいることが大半になった。仕事をしていて一休みしたとき、ふと外を見たら曇りだったとき、マリファナを吸い自己嫌悪に陥ったとき、部屋で一人でコンビニ弁当を食べているとき、さゆが独り言のようにまた仕事始めちゃったと口にしたとき、私は世間と隔たっていた。
 水槽の中にいようが、私は話をする、人となにかをする、笑うべきときには笑ってみせる、真剣に仕事に取り組んでいる姿も見せる。だが、それらは実感を伴っておらず、延々と独り舞台を演じているような気がする。朝起きてから一日中現実感が戻らないこともあり、そういうときは帰宅中にこのまま存在が薄れていって消えてしまいたいと思うのだった。
 ある日、仕事を終えて部屋のドアを開けると、青臭い匂いが充満していた。テーブルの上には半透明のビニール袋が置かれていて、中の緑色の物体が透けて見える。私は青ざめることも怯えることもなくただただ嫌になってテーブルに近付いた。
 ビニール袋を開けると収穫したばかりのマリファナの株が三本入っていた。咄嗟にマナブかと思ったが、添えられていたメモ書きがそうではないことを告げていた。そこには拙い男の文字で、これで勘弁してくださいと書かれていた。
 トミーの文字ではない。自分をゆすりにきたチンピラが置いていったものらしかった。彼らにとっては謝罪の証かもしれないが順調にネタが減ってきているというのに迷惑以外の何物でもなかった。だが、私はマリファナの要求などはしていない。溜め息をついた。マナブに違いない。勘弁してくれよ。こんなものがあったらまた溜まり場になるに決まっている。ビニール袋を思い切り床に叩き付けた。携帯を取り出してマナブにかけた。
「おう、シンちゃん」
 マナブは上機嫌だった。
「電話くれたってことは贈り物届いたか?」
「テーブルの上にあったよ」
「ま、これであいつら手打ちにしてやっかな」
「これ、マナブが頼んだんだよね」
「だよ。シンちゃん、金いらないって言うから草ならいいかと思って」
 誇らしげに言う口調が許せなかった。
「お前はどうしたんだよ?」
「俺はちょっと包ませた」
 いくらとは聞かなかった。
「やめてくれよ」
「え? なにが?」
「こういうことは」
「シンちゃん吸うでしょ」
「もうやめたんだ」
 私が言うと、マナブはマジかよと笑い始めた。その笑い声が頭の中で反響し、自分とは関係のないところで行われている話のように感じられた。マナブは私の発言を信じようとはしなかった。なに言ってんだよと笑い、私が無言でいるとマジなのかと低い声で聞いた。
「本当にやめようと思ってる。だからこんなことはしないでほしいんだ」
 しばらく沈黙があり、マナブは言った。
「つまんねえ。シンちゃんまでそうなっちまうのかよ」
「いつまでも昔みたいにはいられないよ」
 私の言葉が癪に障ったのかマナブは声を張り上げた。動物のような声だと思った。私が黙っているとマナブは、邪魔して悪かったなと言って電話を切った。単調なリズムで刻まれる電子音にしばらく耳を傾けていた。

(つづく)

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