ファッキンデイズ21

 不快なざわめきに目を覚ますと部屋に見知らぬ二人の男がいた。トミーとのぞみの姿もある。うんざりとしながら身体を起こすとみなが挨拶をする。
 見知らぬ男たちはのぞみの高校時代の同級生だと言った。二人とも日焼けサロンで焼いた黒い肌をしていてガラの悪い連中だと思った。
 四人は朝までパルプに踊り続けた後、新宿にある友達の家にいった。その友達は昼過ぎに外出する用事があるということで四人は追い出され、途方に暮れたところでのぞみがシンヤさんちは? と提案し、トミーが合鍵の存在を明かした。
 四人は私の草で巻いたジョイントを吸っていた。ネタをシェアすることは問題ないが、家主が寝ている側で焚き始めるのは遠慮がなさすぎる。それにトミーとのぞみは祖父が亡くなったことを知っているのだ。なぜこのタイミングで訪ねてくることができるのだろう。
「シンヤ君、出身どこ?」
 ラメ入りのシャツを着た男が話しかけてくる。
「静岡だけど」
「へー、東京出てきてどんぐらい?」
「半年ぐらいかな」
「俺ら渋谷地元だからなんかあったら言ってよ。いろいろ教えっからさ」
 ラメ入りシャツが言うと、もう一人のホスト風の男も馴れ馴れしく問いかけてくる。
「シンヤ君っていくつ?」
「十九。十二月に二十歳になるけど」
「俺らのいっこ上だね」
「タメみたいな感じでいいよ」
「だよねー」
 職業を聞くとラメ入りシャツは金融系、ホスト風の男は不動産系だと答えた。その後も彼らは好き勝手にマリファナを吸い始め、この部屋使えるねなどと言い始めている。彼らに早く帰ってほしかった。いつ切り出そうかと思っていると、のぞみが加藤の話を始めた。
 トミーものぞみも昨夜の騒動を知っていることが意外だった。知っているならば以前のトミーなら加藤を心配して電話をかけてくるはずだと思ったからだ。のぞみと会ってからトミーは変わってしまった。
「そんなのあったの、そいつヤバくねえ?」
 ラメ入りシャツが言い、ホスト風がしたり顔で頷いた。
「速いのでも食ってたんじゃないの?」
「そいつ俺の友達だけどシャブはやんないよ」
 私が口を挟むとラメ入りシャツがにやりと笑った。
「速いでも入れなきゃ、箱で暴れないでしょ」
 そう言って試験管の中で炙った覚醒剤をストローで吸い込む仕草をした。手慣れた仕草に私は警戒心を強めた。
 この部屋を使うにあたっていくつかのルールを設けていた。ネタを使うときは一言断ること、セックスをしないこと、音楽のボリュームを下げることなどだが、最も大事なルールは覚醒剤をやらないというものだった。
 酒と煙草の作用がまるで違うように一括りにドラッグといっても大きな違いがある。覚醒剤だけを悪者にするのはおかしいかもしれないが実体験に則して言えばジャンキー間のトラブルは圧倒的に覚醒剤絡みが多い。
 私は沼津にいた頃、マナブの先輩の組関係者に覚醒剤をもらって試したことがあるが、思考における曖昧な部分が削ぎ落とされ、イエスかノーしかない二極化した世界に陥ってしまった。これでは人間ではなく命令で動いている昆虫と同じだと感じた。
 覚醒剤をくれた男は三度の服役経験があったが、いずれも覚醒剤取締法違反という筋金入りだった。その件で組も破門になっていた。年齢を聞いて更に驚いた。水分のない肌、澱んだ目、ボロボロになった歯、薄くなった頭髪という特徴から五十歳近いと思っていたのだが、三十代前半だった。
 完全にやらないほうがいいと決めたのは、この部屋に知り合いのジャンキーが覚醒剤を持ってきたことが原因だ。そのとき四、五人が同席していたのだが、アルミホイルの上で覚醒剤を炙り始めると空気がみるみるうちに澱んでいくのが分かった。
 一人が口にした「最近、あいつムカつくんだけど」という友達の批判が切っ掛けだった。その批判は徐々にエスカレートしていき、いなくなってほしいよね、つまり殺すってこと? そうは言ってないけど、いや、そうでしょ、みんなことを考えたら仕方ないでしょ、いつ? 早いほうがいいんじゃない、どうやって? 盗難車用意するから拉致るか? と展開していった。私はその人物とはほとんど面識がなかったが殺されるほど悪いやつにはとても見えなかった。
 なんかヤバイ話になってない? と口を挟むとみなの動きが止まった。吊り上がった複数の目が私に向けられる。異様な迫力に怖気づくと、そのうちの一人が、俺らかなり煮詰まっていたんじゃないかと言った。そこで初めて友達を殺そうという話に没頭していたことに気付いたのだ。
 他のネタにしてみても、マリファナを四六時中吸っていたら頭の中に蜘蛛の巣が張るし、LSDは脳みそに亀裂が走るし、エクスタシーは鬱っぽくなるし、コカインは鼻炎と胃炎がもれなくついてくる。それぞれに弊害はあるが他者を巻き込む覚醒剤だけは使用禁止にしている。
 先程の仕草からするとラメ入りシャツが覚醒剤に手を出していることは間違いなさそうだった。私はトミーのことが気になり始めた。属するコミュニティによって使用するネタの方向性は変わってくる。ラメ入りシャツがシャブ中だとすれば、のぞみもトミーも手を出しているかもしれなかった。トミーの様子を見ていると、トミーはラメ入りシャツを嗜めるように言った。
「そいつはシャブやんないよ」
 ラメ入りシャツは不満そうに口を尖らせた。
「へー、そっか。それで暴れるならよっぽど狂ってんだな」
 夕方になると四人は酒を飲みにいくと言って部屋を出ていった。帰り際にラメ入りシャツが、ちょっと草を分けてもらえないかと言ってきたので一グラム分を渡した。図々しいと思ったが断る気力も残っていなかった。

(つづく)

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