ファッキンデイズ22

 クスリと距離を取ることにして二週間が過ぎた。部屋にはマリファナがB5サイズのビニール袋にいっぱいとエクスタシー十錠、ホフマン半シート、マジックマッシュルーム三グラム、オキシコンチン二錠がある他は大量の安定剤と睡眠薬しか残っていない。
 これが終わればもうネタはやらない。さゆとトミーに宣言をすると二人は意外そうに目を見張ったが否定はしなかった。返ってきたのは歯切れの悪い肯定だった。そうだね。それがいいよ。
 だが、実際に距離を取ることはできなかった。うちには二日に一度は友達が遊びにきていた。彼らの目的は私の部屋にあるネタだった。「おじいちゃんのこと聞いたよ、大変だったね」「シンちゃん、元気かなと思ってきたよ」などと言うのだが、部屋に入ってしばらくすると電子レンジの上にあるクスリ箱に目をやり始める。口に出すことはない。憚られるのだろう。しかし、所在なさげに過ごす様子を見ていると、私のほうから、吸う? と声をかけなければいけない雰囲気になる。いいの? うん、きてくれただけで嬉しいし。私はクスリ箱に向かう。
 吸いながら考えるのは、自分が仲間たちとつながっているのはこの草があるからだという事実だ。これがなくなればみんな離れていくだろう。草を目的に集まってくる仲間を疎ましく思うのと同時に一人になることは寂しいと思った。
 精神が摩耗していた。外を歩いていると電柱にかかった木の影が女の姿に見えた。曲がり角から猫が飛び出してきたと思ったらコンビニのビニール袋だった。就寝中に突然顔が熱くなり、膝ががくがくと震えることもあった。
 私は全身を巡る血の中に祖父がいるのだと思った。私の中を流れる四分の一の祖父の血。そこに私はクスリを入れ続けている。全身の血をそっくり交換したかった。だが、翌日やってきた友達とまた草を吸った。コカインを持ってくる友達がいると鼻の奥がうずいた。俺も一本いい? 結局パケが空になるまで吸った。クスリに依存などしていないと思っていた。いつでもやめられるのだと。だが、私はクスリを欲していた。クスリを持ってくる仲間を欲していた。
 ビルの屋上に上った私は梅酒ソーダの缶を片手に新宿の夜景に目を向けていた。すでに三本目だが、まるで酔えなかった。空一面に雲がたれ込めていて月どころか星も見えなかった。風が少し強くなってきてTシャツ一枚では肌寒くなってきた。
 これを開けたら降りようと缶を傾けたとき、乾いた物音がした。その音に私は身体を硬くした。屋上につながる窓ガラスを誰かが開けた音だ。
 私は静かに缶を下に置いた。耳を澄ませると窓枠を抜けて何者かが降り立った足音が響いた。手すりを上るときに気をつけたつもりだったが、不審者がいると通報を受けた警官が見回りにきたのだろうか。
 だが、下からではコンクリートの箱の上を見ることはできない。手すりを上る気配があれば顔を出す前に飛び降りてビルの外に駆け出すしかない。私は息をひそめた。屋上に上ってきた人物はコンクリートの箱の周囲を歩き回っている。目的を持った明確な動作に緊張が高まる。
「シンちゃん、いんの?」
 下から聞こえてきたのは加藤の声だった。
 手すりを上ってきた加藤は周囲を見回した。
「こんなところだったんだ。来てみないと分からないもんだな」
 以前からこの場所を知っていた口振りだ。聞くと知ってたよという答えが返ってくる。
「下の道を歩いてるとき人影を見たんだ。で、なんか小さな身体がシンちゃんぽいなーと思って。部屋に戻ったらさゆがシンちゃんなら外行ったよって言うから、やっぱシンちゃんだと思って」
「誰にもバレてないと思ってたけど見られてたか」
「シンちゃんって自分じゃ冷静だと思ってるけど、肝心なところが抜けてるよ」
 私は照れくさくなった。そうかなぁと答えつつ悪い気はしなかった。
 加藤は手にしていたビニール袋から、ビールやするめ、ポテトチップスを取り出した。私と部屋で飲もうと思って訪ねたらしいが私の姿はなかった。もしやと思いビルの屋上に足を伸ばしたのだという。
 加藤と会うのは一週間前パルプでのやり取りがあって以来だった。コンクリート製の箱の上で向き合った加藤は病み上がりのような顔をしていた。ダビッドに殴られた部分には薄っすらと青い痣が残っていた。
「なんかすごい場所だな」
 加藤が新宿のビル群を眺めながら言う。
「自分がとんでもないところに来ちゃった気がしない?」
 加藤は頷き、私たちは黙って酒を飲んでいた。新宿のビル群はとても遠かった。自分があの中に入っていき戦うことができるのかと考えると臆病になる。今の私にはこの場所が精いっぱいだ。
「シンちゃん、なんかあったら言ってくれよ」
 加藤が語りかけるように言った。
「シンちゃんが苦しそうだと俺も困るんだよ。友達なんだから」
 私は苦笑し、お前のほうこそなんでも言えよなと返した。加藤がああと呟く。胸がこそばゆくなったが吹き付けてきた風にかき消された。
「俺たち、いつまでこんなことしてられんのかな?」
 私の口から零れた言葉に加藤はすぐには答えなかった。ビールの缶を持つ手首を何度か回してから加藤は言った。
「俺はそろそろ終わりかもしれないと思ってるよ」
 私たちはまた口をつぐみ、遠くにそびえるビル群に着地点のない視線を投げ掛けた。

(つづく)

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