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消雲堂綺談

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私は怪談奇談が好きで、身近な怪異を稚拙な文章にまとめております。
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2020年8月の記事一覧

骨を食らう女

骨を食らう女

その日、僕は仕事で荻窪に出かけた。仕事が済んだのは午後9時。荻窪駅のホームに上がる階段をゆっくりと歩いていると、ちょうど黄色い総武線の電車がゴトゴトと走ってきたので、僕は階段を踏み外しそうになりながらも電車に飛び乗った。

電車は津田沼行きだった。電車は荻窪駅から千葉方面に向かって走る。お茶の水で乗り換え不要の中央・総武緩行線だ。

20代に新宿区上落合に住んでいた僕は、東中野駅も最寄り駅のひとつ

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永劫回帰千円札

永劫回帰千円札

「これ、君にあげるよ」

K君は、そう言って薄い札束を僕の目の前に置いた。手にとってみると千円札が数枚あるようだ。K君は裕福な家に生まれ、何不自由なく生きてきたらしいが、金持ちにありがちの性格破綻者ではなく、貧乏な僕にも平等に接してくれる。僕が明日の生活にも困るような貧乏人であることを知っていて、同情してくれているのだろう。僕は、これまでK君に一度も無心などしたことはないので、少し驚いた。

「な

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永劫回帰プリンタ

永劫回帰プリンタ

ある日、妻が帰宅すると財布から1万円札を3枚取り出して見せた。

「お、大金じゃん、どうしたの?」

「半年前にさ、道で拾った3万円を交番に届けたって言ったじゃん」

「あ、そうだっけ?」

「さっき、交番の前を通ったら吉田さんに呼び止められてさ…」吉田というのは交番の警官の名前で妻の幼馴染でもある。

「落とし主が現われなかったからアタシのものになったんだってさ」

「へぇ~ラッキー!」

「ふ

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「翠の寝所」

「翠の寝所」

目を覚ましたら驚いた。自宅の寝室で寝ていたはずなのだが、森の中に布団を敷いて寝ていたのだった。

そこは、空を覆うように生え伸びる数種類の落葉樹の森で、幾重にも重なった葉の間からキラキラと陽光が射し込んでは消えている。

薄暗い緑色の世界のには、むせかえるような植物の匂いが充満していて、はじめは呼吸することもできなかったが、やっと深呼吸できるようになると、自分の汚れた肉体や精神が浄化されるような実

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「成仏」

「成仏」

死んでみて、自分が犬だということがわかった。
生きている時にはまったく気がつかなかったが
死んでから身体から魂が抜けてフワフワと天井近くまで浮いた時に
狭い室内の隅々までが俯瞰で見えた。
茶と白の2色の短い毛…
僕は小さな仔犬だった。
思いのほか可愛かったので
満足してあの世に行けるよ。

「刺絡(SHIRAKU)2」

「刺絡(SHIRAKU)2」

2.

蓉子は、その日も勤めている会社からの帰りに高邑医院に立ち寄っていた。頚部に蛭を6匹治療を終えた蓉子は衣服を整えながら蛭に喰いつかれていた首を触ってみた。看護師が患部をアルコール消毒してから小さく切ったガーゼを医療テープで貼ってくれている。(まだ首が痒いな・・・)蛭に食いつかれて小さな穴を開けられた患部が痒いのだ。

「この蛭は血を吸う力が強いですね、何という蛭ですか?」蓉子が高邑医師に聞い

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「刺絡(SHIRAKU)1」

「刺絡(SHIRAKU)1」

1.

桟敷蓉子(さじきようこ)は、千葉県K市にある高邑(たかむら)医院で刺絡治療を受けていた。刺絡とは皮膚と皮下の静脈を僅かに切って瀉血させる東洋医学的な治療だ。高邑医院は”蛭を患部に吸い付かせて悪血を吸血させる”治療で有名だった。蓉子も蛭治療を受けている。腰痛や神経痛に関節痛、リウマチ膠原病その他の骨関節筋肉疾患に効果があるという。蓉子は生命保険の営業を仕事にしているが、営業成績が全てという神

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