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令和の弥次喜多道中 その9「江の島でイカす?」

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こまでのあらすじ
2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることを告げられる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京から初日の夜は蒲田に到着。2日目は神奈川県に入って川崎大師と横浜、3日目午前中は鎌倉に来た。

同時に全く別の場所。近代の文豪にあこがれて、温泉旅館で作家を目指すあゆみに、motojimeから弥次・喜多2人の旅の画像が送らる。それを元に創作するという契約を交わしていたが、こちらはほとんど進んでいない。

 鎌倉大仏を見学した、弥次郎と喜多達也のふたりは、そのまま江ノ電に乗り込み江の島を目指した。時間帯がお昼を過ぎて午後になったからか、客の数は思ったより少ない。ポツリポツリと人の姿がいるが、喜多は目の前の席に座っている若いカップルらしき男女が、楽しそうに会話をしているのが気になった。
 
「弥次さん、江ノ電からの風景はどう」喜多も負けじと弥次郎に話しかける。
「海が見えて良い風景じゃねぇか、だけどよ。このエノデン屋だっけ、今までの鉄の籠より少し小さい気がするぜ」
「確かに江ノ電は、今までの路線と比べてローカル色満載だから」
 弥次郎は席に座りながら横を向いて、後ろの車窓から見える風景を楽しんでいた。普段車内ではいつもならスマホの操作を確認する喜多。しかしこのときは、鞄からある本を取り出して眺めている。それは「東海道中膝栗毛」の本。喜多はこの旅が始まる前に、この本を読んだが、そのとき江の島に関する記述が非常に印象深く残っていた。

 やがてふたりを載せた車両は江ノ島駅に到着。
「さあ到着。弥次さんの行きたかった江の島はすぐ近くだ」
「おう、さっそく行こうぜ。籠で座って移動ばかりしていたら、足が弱っちまうぜ」
「ちょっとまって」喜多が呼び止める。
「なんだよ」
 喜多は先ほど取り出した本のある場所を弥次郎に見せる。
「ねえ、元々の弥次喜多道中では、こんな記述があるよ」

風呂敷包みを背中にしばり付けた一人のおやじ、二人の前に来て尋ねます。 「もし、ちっと、ものを問いますべい。江の島へはどう行きます。
おまえ、江の島へ行きなさるか。そんなら、この往来を真っ直ぐに行っての、遊行さまのお寺の前に橋があるから……」

現代語訳:東海道中膝栗毛 より引用

「どうせこれ、一九の創作だろ。おいら旅先で、見知らぬ旅人相手にからかわねぇぞ」
「そう、でも読んでたら弥次さんぽいけど」
「うるせいや!早く江の島に行くぞ」

「あ、あのう。すみません!」
 突然ふたりの後ろから聞こえる若い女性の声。慌ててふたりがその方向を見ると若い男女の姿。江ノ電の車内で弥次郎と喜多の目の前に座っていたカップルであった。
「江の島に行きたいんですが、ここからどの方角ですか?」
 喜多は本の記述と同じシーンに出くわし、一瞬笑いが込み上げた。

「江の島は、今からおいらたちも行くんで、どうです御一緒に」
 その横で、いきなり弥次がふたりを誘う。
「弥次さん、ちょっと!」喜多は慌ててたしなめる。
「なんだよ。本物の弥次郎は、一九が書くような道を聞いてくる人をからかったりしねえよ」
「そうじゃなく」しかし慌てる喜多とは対照的に。女性は嬉しそうに笑顔になり。「ぜひお願いします。私たち初めて江の島に来たので」

「ちょっと、木島ちゃん、なんで!」大きく目を開いた男性が小声で慌てているが、女性はすぐに反論。
「太田君何言ってんの? 早起きしたのに、あなたにつられて電車の中で寝過ごしたのよ。予定よりも大幅に遅れているのに、もうこれ以上道に迷ったら時間がもったいないわ!」
「え、でも知らない人に」
「いいのよ!じゃあ私たち、おふたりについていきますね」

 思わぬ形で、若いカップルと一緒に4人で駅から江の島に向かう。本当の最寄駅は、片瀬江ノ島駅らしく、途中すばな通りと呼ばれた道を歩いて行く。すでに喜多が行き方をチェックしていたので、迷うことはなく進む一行。

 やがて海の前に出てきたようだ。ここからは小さな山のように見える江の島。そしてそこまでの間は、江の島弁天橋と呼ばれる人道橋が続いている。 
 そのまま4人は橋を渡った。雲はあるものの、上を見ると青空が広がっている。海の上を歩いているためか、潮風がときおり、肌にぶつかってきた。真夏ではないものの、5月の日差しはそれなりに厳しい。だから潮風が吹いてくれると、それだけで気持ちよかった。

 しばらく黙って歩いていたが、突然弥次郎が声を張り上げる。
「おい! 喜多さん。あれ」
「何あれって」
「歌だよ、狂歌!」
「なんで、順番では次、弥次さんだよ?」
「良いんだよ、今日は特別に若いふたりがいるじゃねえか。披露してやれよ。後でおいらも詠うからよ」
 喜多は戸惑ったが、弥次郎の視線がいつも以上に鋭い。後からついていくふたりはそれの会話を聞いていたのか、木島という名前の女の子は興味深い目で見ながら「歌ですか!」と、話しかけてきた。その横にいる太田という男の子は、戸惑った表情をしたままである。

 仕方なく喜多は腕を組み、頭の中をくねらせながら歩く。そして思いついた。

 江の島で 出会ったふたりと ミニ旅行 潮風の道も 楽しく歩く

「すごい!なにそれ俳句?」
「木島ちゃん。俳句は五七五だって。これは短歌ですよね」
 それまで、距離を保ちがちだった太田が、ようやくふたりに絡んできてくれた。そのこともあり、喜多は笑顔で大きく頷いた。
「ほう、良し。じゃあ次はおいらだ」喜多と違って弥次郎の方は、詠う気満々。

 エノデンヤ 風景素晴らし 鉄の籠 島に向かうも 長い鉄はし 

 「弥次さん、江ノ電 気に行ったみたいね」と冷静に答える喜多。しかし、若いふたりはことのほかウケたようだ。
「なに、おじさん。『鉄の籠』って江ノ電のこと。異化しているし」

「イカ?なんでぇそりゃ。おいらはイカよりタコの方が好きだぜ」
 
「おじさん、それはある言葉を別の表現で言うこと。私たち最近のマイブーム。例えば『私は太った』なら、『体がずっしりくしている。手と足の動きが鈍いわ。あれおなか出てる』みたいに表現するのよ」
「へえ、でもおめぇさん、全然お腹なんか出てねえよ」
「いや、たとえだから。次。太田君どうぞ」

「え、木島ちゃん。急に。うーん、じゃあ『辛い物を食べた』で異化してみると。『口に含んだら、あれ?舌が急に麻痺してきた、あ、イタタ。お水はどこだ!』っていう感じですね」
 と、答えた後照れ笑いを浮かべる太田。弥次郎と喜多は拍手をして、
「おもしろい!」「狂歌より楽しいかもよ」と口々に言った。

 そんなことを言っていると、4人は江の島の入口にある、青銅の鳥居前に到着した。
「さて、江の島に着きました。僕と弥次さんは今から江島神社(えのしまじんじゃ)の参拝に行きますが、おふたりは」
「えっと、うーん・あ、じゃあ私たちは島を回りたいのでこれで失礼します」喜多は木島の横で、太田が目で何らかの合図を行っているのを、見逃さなかった。

「そうかい!じゃあ、短時間だったけど楽しかったぜ。若いおふたりさんよ。またどこかで!」そう言って弥次は手を上げる。他の3人も手を上げ、ここで別れた。

 木島・太田の若いふたりと別れた弥次郎と喜多は、江島神社に向かった。参道を進むと朱の鳥居があり、ここから石段が続く。.瑞心門をくぐってさらに石段が続いた。

「ふう、しかし石の階段が続くなあ。結構キツイよ」
「喜多さん、おいらより若いのにだめだな。すぐくたばっちまってよ。待ってられねえ。おいら先に行くぜ」
「ちょっと待って!」

 喜多は慌てて弥次郎の後を追う。どうにか.辺津宮(へつのみや)と呼ばれれる拝殿の前にたどりつく。すでに弥次郎が参拝しようとしている。「日本三大弁天か、あと宗像三女神(むなかたさんじょしん)が主祭神ね」
 喜多はそう頭で呟きながら、この後の旅の無事を祈願した。

「おい喜多さん、なんだか急に後ろの穴がむずむずするんだよ。近くに柱とかねえかな」と、参拝を終えた直後の弥次郎が、下半身を上下左右に不自然な動きをしている。
「う、ククク、何それ、弥次さんひょっとしてイカしてるの。おしりがかゆいんでしょう」と思わず喜多は笑った。

ーーー

一方温泉宿では、motojimeからのメッセージをチェックしているあゆみ。
万年筆の後ろを、ほっぺたに当てながら「さて、鎌倉の次はどこ。あ、江の島ね」
 ”江の島でゲストみたいなのが2人現れて、異化(イカ)してたで”
とのメッセージと共に江の島の各スポットの画像が送られてくる。

「何、イカす?違う表現。これ面白いわね。例えばmotojimeさんイカしたらたぶん『監視カメラ』ね。いつも私が小説早く書かないかって、動きをチェックしてんだから」
 と言って口を緩ませる。すると無意識に万年筆の先を鼻の穴に突き刺していまう。
「ギャー!ちょっと何やってんの私。ああ痛ててい!ありゃ鼻から赤いのが出てきた。ちょっと、紙どこ」

(つづく)


今日は勝手に「特別編」として今までイカしたものを再度異化してみました。
くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡💦ピューン


こちらは17日目です。


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