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令和の弥次喜多道中 その1「転送」

この物語の続編?かもです。

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「くっそー、コロナの野郎め! なんでこのタイミングなんだ」

2020年4月末の東京。喜多達也は、自粛ムードという事実上の軟禁状態と言っても過言ではない現状に、日々ストレスをためていた。

平成元年生まれの喜多は、営業マンとして仕事一筋に働いていたが、昨年12月に突然の解雇。
ただ退職金や失業手当などの面においてすべて会社側が手配してくれたことで、会社とこれ以上いざこざを起こすことは考えなかった。
むしろ求職をしながら空いた時間を使って旅をするつもり。

解雇直後の12月に金沢、1月に京都と旅をしていた喜多は、次はどこに行こうかと考えいた。
ところが中国から発生したというウイルスの感染症が、ついに日本を含めた世界でパンデミックを起こしてしまう。
日本でも感染者が急増しついに緊急事態宣言が発令。海外への渡航はもちろんのこと、国内の移動も難しい状況となり、全く旅をすることが出来なくなってしまった。

さらに、求職活動においてもこのような状況の元、営業職など募集している状況でもなく、失業者のまま。それでも当面の生活資金はあるから、まだ恵まれているのかもしれない。
でも2回の旅行で旅の楽しさを知った喜多にとっては、日々の生活はストレス以上の何物でもない。

しぶしぶ自宅で過ごしているが、テレビは例のニュースばかりで見るだけストレス。ネットはまだ選べるだけましだが、油断していると例の話題とそれに関連することしか出てこないから、喜多にとってはこちらもストレスに感じることがしばしばである。

そんな中、唯一の癒しが読書であった。

中でも十返舎一九の「東海道中膝栗毛」。これは1月に京都に旅行をした際、京都でややマイナーな観光名所を押しててもらった締次勝元の本屋「元締屋」で、紹介してもらったもの。
いわゆる「弥次喜多道中」と呼ばれる、江戸時代の有名な旅小説だが、改めて読むとなかなか面白い。

喜多はこの他にも、主に旅をテーマにした小説を電子出版など購入して読んでいたが、前回の旅先での出会いがきっかけで、手に入れたこの本が特にお気に入りであった。
主人公のひとりが同じ「喜多」というのも親近感がわく。

すでに一通り読んでいたが、この日ももう一度読み直そうと最初のページを開き、少し読み始めた。

ところが、急に喜多に対して睡魔が襲ってくる。そのまま頭が前後に交互に下がりながらも、なおも読もうとしたが、途中で記憶が飛ぶことがしばしば。そのまま眠ればよいものの、なぜか寝ずに読もうと気合を入れる。

そんなことを何度か繰り返していると、ふと目の前の活字がぼやけて見えたが、その中に吸い込まれるような不思議な感覚が全身を覆った。

「な、何?喜多は吸いこまれないように体を後ろに戻そうとしたが、それは圧倒的な力である。結局そのまま本の中に吸い込まれてしまった」

ーーー

「あれ? 何ここ、夢」
喜多がいるのは見たことのない空間。言葉で表現のしようの無い色の空間。なんとなく体が浮いている気がした。
「... ....まさか死んだ?」
そんな気すら起きてしまうほどの不気味な世界。
すると遠くから人影が見える。どんどんその影が近づいてきた。喜多は警戒しながら身構えたが、その形どこかで見たことがある。

「おう、悪いな。こんなところに呼び出してもうて」

その人影は発した言葉は関西弁であるが、その声は聞いたことがある。そしてシルエットとも一致した。

「ん?京都の締次さんですか?」
喜多は元締屋の締次勝元だと直感した。

だが、影はは否定した。
「いや、その名前は仮の姿のときのものや。ワイの本当の名はモトジメや」

「モトジメ?!で、ここは一体」
「場所、それはいってもわからんやろう。あんたのいる世界とは違う異空間。ワイが連れて来たんや」
モトジメと名乗る影は黒いままで、表情も何も分からない。喜多は夢と内心思いつつも、何か不思議な感覚のまま思いつく疑問をぶつけていく。

「モトジメさん。一体、なんのために?僕をこんな異空間に」
「そりゃあんたが思っていたことやないか。旅に出たいけど2020年4月の日本での現状では、旅に出られる状況やないということで悩んでなかったか」

「た、確かに旅をしたいと思っているよ。だけど、モトジメさん。良くわからないけど異次元に連れて来るとかすごい力がある人だから、いっそのこと今、世界に蔓延しているウイルスを始末してほしい」

「そりゃワシでもでけへん。規模が大きすぎるわ」
「... ....そうか、やっぱり無理か」
喜多はあっさり諦める。

「取りあえず、アンタの希望通り旅ができるようにやな、1年前つまり2019年にタイムトリップさせたるわ。

「ということは、1年前に戻ってそこで旅をしたらどうかと」
「そういうことや」
そういうと喜多は低い声で笑っていうような声を出している。
「1年前か... ....。あのときは休日も仕事のことばかり考えていたなあ」

「ところで、あんたひとりじゃつまらんやろ。旅のパートナーがいるんや」

「いや、別にひとりでもいいけど、パートナーって誰だそれ?女の人」

「悪いけど、ちゃいまんのや。弥次郎という江戸時代から来た男や。そいつと一緒に旅をしたらええ」

「江戸時代の人間だって? そんな人、この時代に来たらそれだけで混乱するよ」

いやあいつにワシが半年間、21世紀の日本で生活できるよう訓練したからな。それは心配せんでええ」

「... ....はあ、大丈夫かなあ... ....」

「後の細かいことは彼に説明しとるからそこで聞いたらええわ。これで令和の弥次喜多道中がスタートやな。ワイもいざとなったら出て来るかもしれんけど、それは基本的にないと考えといて。ほな」

そういうと、モトジメと名乗る男の姿が消え、再び喜多の記憶が飛んでしまった。

ーーー

場所が変わってここはある、山間にある小さな温泉地。
そこにある湯治客専門の旅館で、1か月の契約で宿泊しているあゆみは、ここにきた目的である小説を書こうとしていたが、何も思い浮かばずにいた。

「あれから、5日... ...。全く思いつかない。やっぱり私には無理かなあ。所詮形だけの小説家だしね。
でも自殺を考えたり、1等の宝くじが当たったりとジェットコースター人生。もう捨てるものがなにもないのよ。
だからこのままここでのんびりしてもいいけど、やっぱり何かひとつくらい作品を書いてみたい。文豪の真似事でいいから!」

真新しいノートパソコンを触りつつも、今回も何も思い浮かぶことがない。
「何か話題が無いかしらね」とあゆみは、パソコンからメールをチェックする。

するとあゆみに一通のメールが着信した。

「『motojime』誰? こんな人知らないわ。どうせスパムね」
しかし、あゆみはタイトルにある「小説を書けるネタ」というのが気になった。
「なんというタイミング! これって私が求めていたものじゃないの。もしこれウイルスでもいいか、どうせこのパソコン、いま何もデータ入ってないし」

そういってあゆみはクリックする。本文には「今からスマホで伝えるで」とだけ書いている。

するとこんどは、突然スマホのLINEにメッセージが飛んできた。
”ワシはmotojimeというものや。メール開けてくれてありがとう。あんた小説書きたいらしいが、ネタがおまへんのやろ”

「か・関西弁! なぜ、私が小説書きたいこと知っているの?」

”私のことを知っているあなたいったい何者?”
あゆみは恐る恐るLINEに返信を送る。するとすぐに返事が着信した。

”まあ、それはそのうちわかるやろ。それよりどうや、ワイの提案受け入れてみいひんか。じつは今から面白い旅をするふたりがおるんや。その模様を定期的にアンタに伝えるから、それを元に書いたらどうや”

「... ....」

あゆみは、motojimeという人物が只者ではないことはわかる。しかしこの人物の目的は、金だろうか?

取りあえず返信する。

”一体、何が目的なの。その話に私が乗ったら金はいくらいるの?"

すぐに着信が来た。

"目的はアンタに面白い小説を書いてもらいたいだけや。それアンタの夢やろ? ワイには金なんかいらんで。それよりアンタ、1億当たったからいうても無駄遣いしたらすぐなくなるで、気つけや”

「... .... な・なぜそれを... ...」
あゆみは全身が震えた。

"あんた身体震えているな。そりゃそうや、そこまでワイがあんたのことを全部知っているからな。まあ心配せんでええで、ワイはあんたに危害なんかくわえんから"

あゆみは引き続き体をふるえていた。震える手を必死に抑えながら慎重にメッセージに返信する。

"そ、そこまで私を知っているとは、いっそのことあなたを題材にしたいくらいだわ。で、その情報というのは。どんなものか楽しみかもね”

”ホナら契約成立やな。では旅が始まったら連絡入れるで”

このメッセージを最後に、motojimeからの連絡はない。

あゆみは、しばらくの間体が震えが収まらない。

しかし一度は人生をあきらめかけた身である。すぐに気を取り直しすと、この不思議で怪しい人物の意味不明な提案に乗ったことを内心喜んだ。

「さて、motojimeさんとやら。一体どんな情報を私に送ってくるのかしら」
あゆみはそうつぶやきながら、取りあえずこの日3度目の湯に浸かりに行くことにしたのだった。

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追記:
そしてこの物語の続編かも??

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