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令和の弥次喜多道中 その5「川崎の大師」

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ここまでのあらすじ

2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることになる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京駅、高輪、品川、羽田空港とまわって。初日の夜は蒲田に到着した。

同時に全く別の場所。近代の文豪にあこがれ温泉旅館で作家を目指すあゆみに、motojimeから弥次・喜多2人の旅の画像が送られ、それを元に創作するという契約を交わしていた。

ーーー

蒲田のホテルで最初の宿泊をする喜多達也と弥次郎の令和弥次喜多コンビ。名物の黒湯にも入り、部屋のベッドで横になるふたり。
ツインのベッドの片方では、早くも弥次郎が大きないびきをかいて眠っていた。

しかし喜多は、今後のことが気になって眠れない。
「今日明日は、財布に入っているお金で賄えそうだが、とても京都まで旅なんかできる予算ではない。さてどうしたものか?
そもそも「モトジメ」という人の指示でやっているようなものだから、彼との接点がある弥次さんに、そのあたり明日の朝聞いてみようか?」

そういいながらポケットから財布を取出し、中にに入っているお金を眺めてため息をつく。そのとき視線が、バックパックに釘付けになった。

「そうだ、東京駅のコインロッカーから、開けていなかったんだ。中身を確認しよう」
そうつぶやくと、バックパックの中身を確認する。
中身を空ける音が部屋に鳴り響くも、弥次郎のいびきの方が大きい。

「なるほど、そういうわけか」喜多はバックパックの中にこの旅に必要なものが揃っていることを知り安心した。

特に「カード」と書かれた封筒。その封を切ると、中にはクレジットカードの機能が付いたキャッシュカードとメモが入っている。

メモの中にはこう書いてあった。
”旅の間はそのカードを使えばよい。残高見ながら定期的に口座にお金を振り込むからそれを引き出しなさい。暗証番号は●●●●やで”

その他旅に役立ちそうなものがいくつか入ってある。耳栓まであり、喜多は早速耳栓をつけ、弥次郎のいびきを気にせずに眠った。

ーーー

翌日、ホテルをチェックアウトした喜多と弥次郎。京急線の蒲田駅に向かった「さて、弥次さん今日はどこまで鉄の籠に乗ろう」
弥次郎は腕を組んで駅の料金表を眺める。
「ん?川崎大師、駅かあ、喜多さんよ。これ気にならないか?」

「ああ、川崎大師ね。初詣のときは人が多いらしいけど... ...。そういえばここには行ったこと無い」

「喜多もしらねぇんだったら決まりだ。そこに行こう!」
こうして、蒲田駅から京急線に乗る。

電車に乗ると、ここでも弥次郎は車窓から嬉しそうに風景を眺めていた。
「まるで子供みたいだ」と喜多は思いつつ、弥次郎とは対照的にスマホで川崎大師の周辺をチェックする。

「弥次さん、間もなく多摩川を渡ります。これで東京都から神奈川県、ようやく旅が始まったって感じですね」

「川かあ、なんとなくあっけなく越えちまうだろうなあ。俺たちの時代には、橋よりかは渡し船で渡ったイメージが強いんだけどよう」
と、弥次郎はどこかさびしそうにつぶやく。
一方で喜多は「川を越えたらすぐ着きます。乗換ですよ」と冷静な声をかけた。

ちなみに、多摩川には徳川家康の頃には橋が架かっていたが、洪水で流され、途中から橋が架けられなくなり、明治時代まで六郷の渡し船が行き来していたという。
だが弥次郎も喜多もその事実を知らぬまま多摩川を越えた。

京急川崎駅で降りたふたりは、大師線に乗り換える。

「こっちの鉄の籠は、さっきのよりのんびりしている気がするなあ」
「へえ、弥次さんでも幹線とローカルな支線の違いが分かるんだ」

「ち、今バカにしやがったな。おいらの方が喜多よりも長く生きてんだぞ」電車は心なしかゆっくりと走っている。そして3駅先の川崎大師駅で下車した。

駅の改札を出て開口一番口を開いたのは弥次郎。
「ほう、やっぱり江戸と違ってのんびりしているなあ。さて、ここからどういくんだ」
「わかりやすい。この表参道沿いにあるけば5分らしい」
と喜多は、”表参道 厄除”と書かれている門を指さした。

正月ではないので、初詣客でいっぱいになることは無い。それでもこの日は5月2日のGWの最中。それなりに参拝目的の観光客の姿はあった。

途中は商店街のようになっている表参道。灯籠が合ってその雰囲気がある。やがて指示通りに道を曲がった。そこにはひときわ小さな路地があり、土産物屋が集まっている。

「こりゃ、江戸の町に似てるねえ。おいらこういうのが好きだぜ」と弥次郎が上機嫌に口を緩ませ通りの様子を眺める。
「仲見世ですね。たしかに雰囲気ありますね」

「ちょっといろいろな店を見て行こうぜ」
「え?弥次さん、普通は先に参拝してからでは?」

と、喜多が言うまでもなく、弥次郎はひとつずつ店の前に行くと、店の様子をなぞるように興味深く見渡した。
「喜多さん、これ食べないか?」と弥次郎が指差したのは「大師」と焼印が討たれていた饅頭。また別の店でも煎餅を指さし買おうという。

喜多は催眠術にでもかかったかのように、弥次郎に言われるままそれらのものを次々と買っていく。

「うん、この饅頭甘くてうめえや。喜多さん煎餅はどうだ」と饅頭の中身を眺めながら弥次郎が問いかけると「弥次さん確かに、食べごたえある硬さですね」
と喜多もそれに応じて、音を鳴らしながら煎餅にかぶりついた。

「そうだろう。おいらが一目で旨い饅頭も煎餅も御見通しってわけだ」
と、自慢げに語る弥次郎。しかし喜多の表情はやや暗くなっていた。
「しかしここでずいぶん使ったなあ。後でいよいよモトジメさんからもらったカードの出番かもな」

「ん?元締めが??どうしたんだい」
「あ、いやひとりごと」

「なんだよ喜多さん。おいら隠しごとしているのか?」
弥次郎は喜多がそわそわしている様子が気になり詰め寄る。

「あ、いや、あ。そうだ、歌が浮かんだよ。た・短歌」

「なんだよ。短歌かよ。じゃあさっそく披露してもらうか」

喜多は、何も浮かんでいないのに咄嗟にうそをついた。一瞬目をつぶり何かないか頭をひねる。でも何も浮かばない。
「ありゃ、忘れちゃった」と言って自分の頭を撫でてごまかす。

「なんだそりゃ。喜多よ適当だなあ、おい!」

弥次郎は眉毛を吊り上げて相変わらず不機嫌。しかし追いつめられたのが功を奏したのか、喜多は短歌が奇跡的に浮かんだ。
「あ、弥次さん行くよ」

”川崎の饅頭 煎餅うまいけど、参拝忘れて 大師に睨まれ”

「なんだそりゃ。全然歌になってねえんじゃねえか?」
「だから、ちゃんと参拝しましょうという意味。ほら境内はすぐそこですよ」

と、うまく切り抜ける喜多。そのまま境内に弥次郎と共に入った。ここではまっすぐに本堂に向かい、参拝することに。

「ここは、厄除けか。まあ旅の途中に事故なんかが合ったらたまんねえ。よし大師さんよ。ここはひとつ頼んだぜ!」
と、威勢よく声を出すと目をつぶり真剣に拝む弥次郎。

「正式名称は平間寺(へいけんじ)。厄かあ、そんなもの信じられないけど、最近の俺の様子じゃそういうのも案外無視できないかもしれないなあ」
と頭の中で呟きながら喜多も拝んだ。

無事に参拝したふたり、弥次郎は境内を左右に見渡している。
その横で喜多は次のように提案した。
「さて次は横浜に行きますか弥次さん」

ーーー

ここは温泉宿。ここで逗留している作家志望のあゆみは、なぜか令和の弥次喜多の行動を参考に、小説を書くことになっている。
「うーん、いいわねこの万年筆。試しに何書こうかしら」と、先ほど旅館に届いた真新しい万年筆を眺めていた。

するとあゆみのスマホよりLINEの通知が来る。
「あ、motojime。うるさいわね。より良い創作物を書くには時間がかかるのよ」と言いながら内容を確認。

”どうでっか、順調にいってますか?ふたりは川崎に行ったみたいや”
と、川崎大師の仲見世や本堂にいる二人の画像が送られてくる。

「川崎ねえ」
”わかりました”と返信するあゆみ。
すぐにmotojimeから返信。
”そろそろ最初のあたりだけでも送ってもらえまへんか”と来る。

「原稿、原稿としつこい。じゃあこれでも」

というとあゆみは、買ったばかりの万年筆で人の顔を書いて送った。そしてメッセージに、

”とりあえず、motojimeさんの顔書いちゃいました。原稿もうちょっと待ってね”

と万年筆での顔の画像付きでメッセージを送り返す。

しかしmotojimeからの反応は無かった。

「ちょっと... ... これやばいかしら?」と、少し顔から汗が流れるあゆみ。ようやく真剣に創作することに決めたのだった。

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