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令和の弥次喜多道中 その3「最初の宿場町」

前回まで 1 2

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「おい、喜多さんよ。元締がよ、旅の最初に東京駅にあるコインロッカーの中を開けろって言われてんだ。ここから東京駅っていうのは近いのか?」

東京日本橋で出会い、一緒に旅をすることになったふたり。1年前に転送された喜多達也と、江戸時代から転送されたという弥次郎。令和の弥次喜多道中がスタートした直後に発せられたのが弥次郎の次の言葉。

「ああ、東京駅ならここから歩いて行けるよ」
「そうか、おいら元締さんからこの時代で半年ばかり訓練したけど、その場所まではわかんねぇ。だからおめぇさんにいていくぜ。実は元締めからこの絵図面とこれを貰ったんだ」

弥次郎が喜多に手渡したのはメモ。東京駅の構内の地図のようだ。そして指定されたコインロッカーの場所が印されている。そしてもうひとつは、そこにあるコインロッカーの者と推測される鍵。

喜多はそれを受け取ると、スマホで位置を確認する。
おおよそ1分後、「弥次さん行きましょう。僕についてきて」というと、喜多は東京駅目指して歩きはじめた。弥次郎はただついていく。

10分ほど歩くと東京駅の八重洲口に到着。そのまま駅構内にあるコインロッカーの場所を目指した。

「これだ!」
喜多はあっさりと指定されたコインロッカーを見つけた。

「やっぱりビルって大きな家は慣れねえな。床の石がツルツルに磨かれているし、滑らねえのかな。あとほかの人間が来ている服ってのも、どうも苦手だ」
そういいながら、自分の着ている作務衣を眺めながら腕を動かす弥次郎。その間に喜多はコインロッカーの鍵を開け、中に入っているバックパックを取り出す。

「中身はっと」
喜多がバックパックのチャックを開ける。その様子を興味深く見ているのが弥次郎。
「ほう、いろんなものが入っているな。でもおいらよくわかんねえのばっかだ」
「多分モトジメさんが、これからの旅を快適にできるように準備してくれたんだろう」
そういうと、喜多は詳しく確認することなく、バックパックのチャックを閉じて、それを両肩にかける。

「これそれほど重くないな。これなら持ち歩ける。さて、今から京都までの旅だけど、さて初日はどこに行こうか。僕の持っている江戸時代の東海道中膝栗毛の本からだと一気に戸塚の宿場町を目指しているな」

「ほう、戸塚まで行きやすか。その中の弥次郎ってずいぶん健脚だなあ」
「え、弥次さんはここまで歩けないの?」

「まあ、川崎か神奈川宿だろうな。急いで歩いてもその先の保土ヶ谷宿が限界だと思うがなあ。じゃあ、喜多。おめぇさんはどうだい」
「うーん、川崎宿までも自信ない。この時代の人って基本旅では歩かないから」

「あ、そうだ」
突然何かを思い出した喜多は、弥次郎に「そこで待って」というと、切符売り場にむかった。そしてある場所までの切符を二枚購入して弥次郎に渡した。

「弥次さん、東京駅から電車に乗るよ」

「電車。ああ大きな鉄の籠だろ。それってエレキテルってやつを餌にして動くんだろ。いやあまったくすげえ話だ」
といって、弥次郎は腕を組みながら口をへの字に曲げる。

「エレキテ、あっ電気ね。餌というか、それで動かしているんだけだよ。で、弥次さん電車は、その半年の間に... ....」
「おう、乗ったことあるからそりゃわかるぜ」

弥次郎の言葉に安心した喜多は、改札から山手線乗り場に向かった。そしてすぐにやってきた品川方面に向かう電車に乗り込んだ。
「しかし早くて大きな籠だ。何度乗っても驚くぜ」
弥次郎は嬉しそうにドアから車窓を眺める。喜多はそれを見て思わず口元が緩んだ。

電車に乗ること4駅。田町の駅に近づく。
「弥次さん降りるよ」
「おい、これもっと先まで行くんじゃねえのか? なんで降りるんだよ」
と、それまで機嫌よく窓を見ていた弥次の眼元が少し吊り上る。

「ああ山手線という電車は、東京の町を一周するんだ。だからずっと乗っていたら元に戻ってしまう」
「へえ、そういうことか、でどこへ行きなさるんで」

「まあついてきて」田町の駅に到着し、ドアが開くと喜多は駅を降りた。慌てて突いていく弥次郎。

弥次郎は、初めて降りる場所ということもあり、首を左右に振りながら駅の様子を眺めている。その前を歩く喜多は頭の中でひとり呟いた。

「本当は2020年に高輪ゲートウェイという駅ができてんだよなあ。そこからだとすぐなのに、今は2019年だからまだ工事中か」

こうして田町iの駅から品川方向に歩くふたり。しばらくすると、喜多が足を止めた。
「ここが、高輪の大木戸だったところか」
ビルが続く中でそこだけ、時代錯誤のように石垣が残っていた。
「へえ、高輪の大木戸って言ったらよ、江戸の出入口じゃねえか?しかし、こりゃ出入口に見えねえな」

「うん、弥次さんの時代と比べて江戸の町は東京になってどんどん大きくなったみたい。だから僕からしたら東京の中にあるのに品川に宿場町があるとか信じられないんだ」

「まあ、おいらは基本的に江戸で生まれ育ったからなあ。品川の宿場町に行ったことねぇんだ。一九の書く弥次郎は駿河の出身らしいけど。あれはあいつの創作だ」
「じゃあ、近くだから品川の宿場町がどうなっているのか見に行きましょうか」
「喜多、おいらは、おめぇさんについていくだけだぜ」

こうしてふたりは高輪から品川に向かう道路上を歩く。日本橋も東京駅前も、そしてこのあたりも基本的には大都会のビル群にすぎない。
弥次郎はもちろん、喜多すらも、コンクリートジャングルの無機質な建物を居ながら歩きつつ、歩くことをあざ笑うかのように次々と追い抜いていく車の姿を長時間見続けているるためか、内心つまらないときが過ぎて行った。

「ねえ、弥次さん。一九さんの物語だと退屈なときには、短歌みたいなの作って披露しあっているみたいだけど。黙って歩いていても退屈だから今からやってみない」

「さあ、おいら短歌なんてそんなのやったことねえな。じゃあ喜多さんはできるのか?」
「いや、ああでも俳句いや川柳みたいのなら、昔の取引先の社長に勧められて」

「シャチョウ?」「大店のあきんどだよ」

「へえ、そいつがおめぇさんに短歌とか教えるのか?」
「うん、僕は営業という、アキンドがやっている会社という店を回る仕事をしていたんだ。
で、大店の社長つまり店主やその下で働く部長や課長という名前の番頭さんに会いにいくんだけど、その社長のひとりが松尾芭蕉のファン、会うたびに僕に俳句を進めて来たんだ」
喜多は昨年まで一筋に働いていた営業の話を、頭の中で思いだしながら語る。

「ほうおもしれえ! じゃあ喜多さんの俳句とやらをさっそく聞かせてくれよ」
「え、僕が?」
弥次郎に余計なことを言ったことを頭の中で後悔する喜多。しかし喜多は周りのビルを見ながら頭の中を巡らせる。3分後には見事に俳句には程遠い、短歌というか恐らくは狂歌を作った。そして弥次郎の前で歌った。

”ビルの山、歩いてつまらぬ 時が過ぎ 電車に乗りたい 衝動抑え”

「どうかな?」
「イヤーおいらに聞かれてもわかんねえ」
「今度モトジメさんに会うときに感想聞いてみようか?」
「それがいいかもよ。よし、ならおいらも気が向いたら作ってやるよ」

そんなことを言っていると、品川駅に巨大ターミナルを過ぎて北品川というエリアに来たふたり。
「このあたりが品川宿があったところらしいよ。今は商店街みたいだね」
「宿場町っていうけど、これじゃあどれが宿屋かわかんねえな」

「ああ、弥次郎さんそりゃそうだよ。今は宿場町なんてないから。
自由な場所にホテルという名前の宿があるから、その気になればいつでもどこででも宿泊できるよ」

「そうか、じゃあ宿場町に来ても仕方ねえな」
「確かに... ...」
喜多は弥次郎からの突込みに対して、明確な答えが思い浮かばない。取りあえずスマホを取出し、今いる場所から何か面白そうなスポットが無いか探し始める。

スマホとにらめっこする喜多。弥次郎は腕を組みながら周りの風景を呆然と眺めている。5分くらい沈黙が続いたが、喜多はようやく口を開いた。
「弥次さん、鉄の鳥って興味ある?」

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旅館で小説家を目指すために、LINEを通じて契約していたあゆみ。全く創作には手を付けることなくしばらく外の風景を眺めていたが、スマホに契約したmotojimeからの着信を確認する。

"今回はこういう感じ見たいや。今から画像送るわ。まずはふたりが東京駅行ったようや”

「東京駅?ってことは新幹線に乗るのかしら? えっ新幹線に乗って京都について終わり。それじゃあ超短編になりそう。
新幹線でトイレ入るシーンとか、他の乗客のこと書いてもねえ。そうか「こだま」に乗せて、各駅の駅弁のことでも書こうかな。あれ東京駅の駅弁はなにかしら、品川は?確か新横浜には焼売が名物だったわね」

あゆみが考えていると、次のメッセージと画像が送られてくる。

"田町の駅で降りて、それから歩いて品川に向かったようやな。さてこのふたりがこの後どういう旅をするのか今から楽しみや。あんたも創作頼むで”

「あれ、品川?なに、この石垣は何? ふたりともそこまだ東京都内よ。え?どうする気? 田町で降りて歩くのって、品川から新幹線に乗るのかしら」

「あ、もう一枚来た。何? ここ商店街なんか来て、スマホで何かしているし。どういうこと? 意味わからない。旅してよ。え、道に迷ったの?? あ、ひょっとしてお金がなくて困っている。じゃあ旅なんて続けられないじゃん!」

とひとりで、頭の中で混乱しているあゆみであった。

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