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令和の弥次喜多道中 その7「港町で出会った」

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こまでのあらすじ
2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることになる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京駅、高輪、品川、羽田空港とまわって。初日の夜は蒲田に到着。2日目は神奈川県に入って川崎大師、そして横浜に来た。

同時に全く別の場所。近代の文豪にあこがれ温泉旅館で作家を目指すあゆみに、motojimeから弥次・喜多2人の旅の画像が送らる。それを元に創作するという契約を交わしていたが、こちらはほとんど進んでいない。

「弥次さん、もう夕方になりましたよ」
スマホの時刻を見て慌てているのは喜多達也。

横浜中華街にある点心の店で、遅い昼食を採ったふたりであったが、弥次郎の要望で、酒を飲み始める。
「いいじゃねえか。たまにゃお酒もうめえや。元いた時代には、3日に1日は飲んでたけどよ、最近てっきり飲んでなかったからねぇ」

この日は弥次郎の機嫌が悪かったので、喜多も機嫌良くしようと付き合ったのが失敗した。店が夜までの通し営業。かつそんなに混んでいなかったために、ふたりは居酒屋のように長居してしまった。

「もう帰りましょうか。外で酔いを醒ましましょう」

「おう、まあ、そうだな。このくらいにしてやらぁ。しかし清国の食べ物と。この、し・しょ」
「紹興酒ですよ。弥次さんロレツが回ってないし。もう夜になりそうだから今から宿に行きますよ。そして明日早起きして横浜を少し散歩したら、次の町に行きましょう」

「おう、でもまだちょっと酒残ってやらぁ。喜多さんも少しはどうだ」
と、弥次郎は喜多のグラスに紹興酒を注ぐ。

「はいはい、じゃあこれ飲んだら出ましょう。それにしても弥次さんって大酒飲みだったのか」
ろれつが回っているかどうかはわからないものの、いわゆる泥酔状態ではない。相当酒が強そうだ。喜多も下戸ではないが、ふたりとも酔うわけにはいかないと、ほどほどに抑えている。

「しかし、喜多さん、おいらヒトツダケ、この時代で気に入らねえことがあるんだ」
「なに、何が気に入らないんですか?」
完全に目がすわっている弥次郎が語り出す。

「ヤソだよ、あのアーメンという奴」
「ああ、キリスト教。そうか弥次さんの頃は禁教だったから」
喜多はそういうとグラスに注がれた紹興酒を飲む。

「おう、そうだよ。あれは危ない奴らだと、お上から聞いていた。だから異国が入ってこれねぇようになっていたわけだ」

「鎖国ね。でも時代が変わって開国になり、この横浜が外国との窓口になったんだ。やがてキリスト教も認められた。今は宗教は自由だから」

「それが気に入らねえんだよ!」
弥次郎の声が突然大きくなる。

「だって、ヤソの神ってよ。観音様のよう母親がいたそうだが、そいつ男を知らないって言ってやがる。そんなのありえねえじゃねえか!」

「観音さまってマリア様? いや、それは僕もあのあんまり詳しくなくて、せいぜいクリスマスとかそれくらいしかわからないので、だったらサンタクロースの話題に変えましょうよ」
喜多は話題を変えようとするが、弥次郎は怒りながらその話を続ける。

「黙れ! 喜多さん。それだけじゃねえ。あのイエスとかいう神はよ。悪いことしてねえと言ってくるくせに、実際には磔になって殺されたんだぜ。そんな奴を崇めているような連中なんて馬鹿じゃねえか!」
お酒が入っている分、弥次郎の声が周りに聞こえるほど大きくなる。ところがそれに異を唱える、女性の声が聞こえた。

「ちょっと、そこの貴方。主の侮辱をこれ以上いうのやめてよ!」
弥次郎と喜多が声の方を振り向くと、肩まで伸びた金髪の若い女性がこちらを睨んでいる。すると弥次郎は酔った勢いでその女性にかみついた。

「何が侮辱だ。てめえ髪が金色。さては南蛮人だな。おい、あんな変な教え日本に広めんじゃねえ」
「なによ。酔っ払い! サムライみたいなカッコしてバカじゃないの。3日で復活されたイエス様の教えを何もわかっていないくせに」
と、女性は負けじと作務衣姿で後ろ髪を結んだの弥次郎の服装を揶揄した。

「おい、ジェーンやめろ」金髪の女性の横には、日本人の男がいる。どうあらカップルのようだ。
「エドワード! でも許せない。何も知らない酔っ払いが好き勝手に。それに私のことを『ナンバン』って、何よあの差別親父。クソォ!オヤジ女だと思ってなめんじゃね。!!!Fuck You!!!

「なんだとぉ、日本にいるなら日本語で罵倒しやがれ、この南蛮女!」
「ちょっと、弥次さん」
喜多は慌ててなだめるが弥次郎の怒りはどんどん増すばかり。

「女だと思ってもこっちは手加減しねぇぞ」
ついに弥次郎が立ち上がる。

「酔っぱらいの老いぼれなんぞに負けないわよ」
ジェーンも負けじと立ち上がる。

[そこで慌てて止めに入ったのは、ジェーンの横にいるエドワードと呼ばれている男」
「ジェーン。ストップ!」

「す・すみません。ちょっと彼女気が短いもので、すみません」
ジェーンは、そのままあエドワードを睨む。同時に弥次郎も。

「なんだてめええ! 男の方がやりやすいや。おいかかってこいよ!」
弥次郎の前に立ちはだかるように喜多が立ち上がる。
「弥次さんちょっと。あの。ここは店の中だから外に出て決着つけましょう。ということで、そちらもいかがですか」

見ると他の席の客が一斉に黙って4人にに視線を送っていた。そして店のスタッフもすぐ近くまで来て、なだめようとする。

「あ、はい、こちらこそ、取りあえず表に出ましょう」
エドワードも、ジェーンを抑えながら喜多の提案に応じた。

「おう、確かにここじゃ他の客に迷惑だ。よし女!表で決着つけようぜ」
「おやじ、外出てからビビるんじゃねえぞ」

ちょうどジェーンたちも食事が終わった後、喜多と弥次郎は言うまでもない。ここはおとなしく店の清算を済ませると、二組ともそのまま外に出た。

この間、スタッフや他の客に頭を下げつづけたのは、喧嘩の当事者ではないふたり。

「山下公園に行きましょう。あそこならここより広いですから」
「そうですね。ええ。どうもすみません。エドワードさん」
弥次郎を抑えながら頭を下げる喜多。
「あ。僕は日本人です。江藤と申します。エドワードはニックネーム」

冷静な、喜多と江藤と違い、黙ったまま睨み合っている弥次郎とジェーン。今にもとびかかりそうな勢いは変わらない。お互いの付き添いがしっかり腕をつかみ、できるだけ両者の距離を近づけないようにして山下公園に向かう。

あたかも犬同士が威嚇し合っているのを、飼い主たちが必死に抑えようとしているかのように。

そんな状態でゆっくりと歩きながら。4人は山下公園に向かった。ちょうど夕暮れどき。空はオレンジ色に染まっていて、やがて暗闇の度合いが徐々に増えて行く。

「さ、ここまでくればとりあえず広いので」
他の人の迷惑にならないでしょう。江藤はそういって歩きを止めた。

「えっとですね。取りあえず殴り合いではなくて、まず話し合いをしましょう。弥次郎さん結局、何が問題なんですか?」

「何が問題って、え、いや忘れちまった」
「え?弥次郎さん、さっき怒っていたの忘れたんですか」
驚く喜多。弥次郎は先ほどの怒りがうそのように晴れやかな表情。

「ジェーンは、どうなんだ」
今度は江藤が質問すると、こちらも表情が穏やか。
「うーん、ここまで歩いていたら、なんとなくどうでもよくなったの。それよりもエドワード! ここすごくいい雰囲気だわ。イルミネーションが点灯し始めてる。wonderful!」

「確かにこりゃ。美しいなあ。この時代は花火のような物が長時間止まったみられるって寸法だ」

いつしか、ケンカの事を忘れていた弥次郎とジェーン。これに江藤と喜多も加わり、4人でゆっくりと山下公園からの夜景を楽しんだ。

完全に冷静になったところを見計らて、お互い自己紹介をする。
喜多は今から弥次郎と京都を目指して旅をしていることをジェーンと江藤に伝えると、ふたりは興味深そうに質問攻め。

... ...緩やかなひとときがしばらく続いた... ...

しばらくすると喜多はスマホの操作を続けていた。そして口元が緩むと「今夜のホテル決まりました。今日はいろいろありがとうございました。僕たちはこれで失礼します」

「あ、喜多さん、京都はまだ先です。旅の方頑張ってください」

「こちらこそ、江藤さん。デートの邪魔をして失礼しました」

「いやあ、今日は飲み過ぎちまった。いやえっと、南蛮じゃなかったジェーンさん悪かったな」

「い、いえ、おやじ、じゃない弥次郎さん。私もちょっと熱くなって、初めての人に、変なこと言って大変失礼しました」

こうしてお互い改めて謝罪をすると握手を交わし、そのまま和解。弥次郎は喜多に引っ張られるように江藤とジェーンの元を離れる。

ジェーンと江藤は手を振りながらふたりが見えなくなるまで見送った。

この日は山下公園から、中華街を越え、横浜公園沿いにあるビジネスホテルにチェックイン。そのまま部屋に入る。

「もう、弥次さん。一時はどうなるかと思いましたよ」
部屋に入ると早速説教をする喜多。弥次郎は、申し訳なさそうに頭を下げながら片手で頭を撫でる。
「いやあ、喜多さんすまんねえ。やっぱ半年間この時代にいたためか、ずいぶんイライラがたまってたようで。だけど久しぶりに喧嘩したから、おかげですっきりしちまった。明日からまた宜しく頼むぜ」

ーーー

一方温泉宿では、少しずつ執筆しようとキーボードとモニター相手に睨めっこを続けているあゆみがいた。
「しかし、中々思い浮かばないものね。さてどうしたものか。文豪の人たちの創造力が少しでも欲しいわ」

するとmotojimeからのメッセージが来た。
”今回おもろいパターンになったようやで、中華料理屋で知り合った日本人とイギリス人のカップルと喧嘩したかと思ったら山下公園に行っとるわ”
そして4人が写っている写真画像が数枚送られてきた。

「なんと、新しい登場人物!何々。いきなり喧嘩になってその後和解したかぁ。よしならばっと」
この画像で、ようやく何かをひらめいたあゆみ。すぐにキーボードをたたき始めるのだった。

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こちらは、おまけ

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