令和の弥次喜多道中 その6「昔の神奈川宿よりも今の中華街」

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ここまでのあらすじ

2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることになる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京駅、高輪、品川、羽田空港とまわって。初日の夜は蒲田に到着。2日目は神奈川県に入って川崎大師に来た。

同時に全く別の場所。近代の文豪にあこがれ温泉旅館で作家を目指すあゆみに、motojimeから弥次・喜多2人の旅の画像が送らる。それを元に創作するという契約を交わしていたが、こちらは一向に進んでいない。

「さて次は横浜に行きますか? 弥次さん」
「ヨコハマ。そんなの俺がいた時代には、聞いたことがねえ地名だ」

「そっか。横浜は幕末の開港から出来た町だもんなあ。あっ」
「どうしたんだ。急にでかい声出しやがって」
ふと喜多はあることを思い出した。
「その前に神奈川宿の所を見てから横浜に行きませんか?」

「任せるぜ」
弥次郎は無表情でつぶやく。同意を得た喜多は弥次郎と共に、川崎大師から電車に乗って川崎駅に到着し、電車を乗り換えた。
「喜多さん、せっかくだからこのまま終着まで行ってもいいんだぜ」
電車の車窓を眺めながら、弥次郎が提案する。

「いや、弥次さん今回も途中で降りるよ。神奈川宿が今どうなっているのか見ようかと思って」
と言いながら、スマホでなにがあるのか調べた。
やがて、喜多が降りようとしたので、弥次郎が付いて行く。そこは東神奈川の駅である。

「このあたりに、神奈川宿があったところらしいよ」
「そうかい、でもそれはおいらの居た過去だよな。今は一体何があるんだ?」

「さあ降りて見ないと、僕もわからない」
こうして歩きはじめた。喜多はスマホのマップを片手に歩く。弥次郎は黙ってついて行った。

歩いて行くと途中で小さな川がある。そのほとりには「本陣の跡」と書かれていた案内板があった。そのほか神奈川宿があったと思われることを記念した石碑も。

喜多は、ひとりで楽しそうに確認しながらスマホで撮影している。だが、それをつまらなそうに見ているのは弥次郎。

ワザと喜多に聞こえるような大きな欠伸をする。
「ふゎあ。喜多さんよ、何だか石碑のような物ばかりでつまらねえなあ。それによ」
話が途切れたところで、弥次郎のおなかから音がした。
「川崎で少し食べたけど、あれじゃ物足りねえよ。おいら腹減ってんだ」

喜多はスマホの時計を見る。午後1時前になろうとしていた。

「弥次さん確かにそうだね。じゃあこの先の神奈川駅から電車に乗って、横浜の中心部、中華街に行こう」

「チ、チュウカガイ?なんじゃそれは」
弥次郎の質問は空腹で機嫌が悪い。だからいつもより刺々しく聞こえる。そのためか喜多の表情が硬くなった。
「あ、あのう、し、清国ってあるでしょ」
「おう清国か、日本の近くにある大きな異国のことだろ」
「そ、その江戸幕府の終わりごろに、それまで鎖国で異国が入れなかったのに、開国してから入ってきたんだ。その中には清国の人もいて、今から行く横浜に大きな町を作ったという歴史があるんだ」

「そこは食い物とかあるのか?」
「もちろん、中華料理という、清国の食べ物。そ、そう美味しいのがあります」
喜多は慌てていて会話がぎこちない。弥次郎の目は相変わらず鋭いままだが、口元は緩んだ。

「へえ、そりゃどんなものか、見て見てえなあ。少なくことも、ここみてえに、石碑しかないようなところとは違うようだ」

「あ、じゃ急ぎましょう」
そういうと喜多は、少し早歩きになる。

数分後、神奈川の駅に到着。ここで、切符を買おうとする喜多に弥次郎が声をかけた。

「おい、喜多さんよ。いま歌が思いついたぜ。次、俺の晩だよな。ここで披露しても良いか」
「あ、ど・どうぞ」

”神奈川宿 時代が変われば 何もない 清の食べ物 期待を込めて”

「あちゃ!弥次さん相当苛立ってるよ。取りあえず中華街行って、早く何か食べさせよう」歌からして威圧的。
喜多は後ろを振り向かずに、行先のボタンを押そうとするが、手が震えて手こずってしまう。

「弥次さん、歌はすごくいいと思う。今から行くところに美味しいもの食べられるから」
喜多はそういいながら、やや震えが残る手で弥次郎に切符を渡す。弥次郎は表情一つ変えず、黙ってそれを受け取る。

喜多はそんな弥次郎を恐る恐る見ながら、
「これからは史跡めぐりとかやめておこう」と思った。

電車に乗ると、車窓の様子を眺めている弥次郎の目が緩んでいて、機嫌が徐々に収まっている。

一駅先のターミナル横浜で乗り換え。
「今からみなとみらい線というのに乗るから地下に行くよ」

「お、それは知ってるぜ。元締めと地下鉄っての乗ったからよ。しかしまるでモグラだな。土の中にわざわざ鉄の籠を走らせるとか」
電車の車窓の風景を見せて機嫌が直った弥次郎。喜多はそれを見て胸をなでおろす。
「でも、これから地下で何も見えないし大丈夫かな」

喜多は心配したが、それは杞憂だった。弥次郎は地下の真っ暗な車窓も物珍しそうに眺めつづけていたから。

「元町・中華街駅」に到着すると、そのまま改札を出て地上にでる。

「ほう、さっきと違って雰囲気が賑やかだなあ」
「ね、楽しそうでしょ。さて取りあえず近くで良さそうなお店はっと」
「これが、清国の町ってわけですか」
弥次郎は、首と体をゆっくりと360度回転させながら、物珍しそうに中華風の建物を眺めた。

「え、あ、そうそう。今は横浜中華街と呼んでいるところ。見学は後でするとして、取りあえずあのお店に入ろう」
喜多は、弥次郎に何か食べさせることを優先する。でないとまた不機嫌になるとマズイと思った。取りあえずすぐ近くの店に入る。そこは点心の店であった。

そのまま中に入ると、店員に空いている席を案内してもらう。そしてふたり用の椅子に対面で腰かけた。
「さて、何が食えるのか楽しみだなあ」

「弥次さん何にする」
とメニューを弥次郎に見せるが、弥次郎はそれを一瞬だけ見てすぐに閉じる。

「わかんねぇから、喜多さんの好きなもの頼んで」
「弥次さん嫌いなものは?」
「そんなのねぇよ。おいらは基本的に何でも食うぜ。心配せずに頼んじゃえよ」

弥次郎にそう言われたので、ここは喜多の好きなものを数品注文。
しばらくすると、木で出来た円筒のせいろが積み重ねられて運ばれてきた。

「弥次さん、このせいろの中に入っているよ」
と言いながらせいろのフタを取る、すると白い煙のような湯気が一瞬ふたりの間の視界を遮った」

「えっと、これがシューマイで、海老ギョーザ、それからこれは胡麻団子」
と、喜多は注文した料理をひとつずつ紹介する。

「ほう、これが清国の食べ物か。食べるのおいら初めてじゃねぇかな」
と弥次郎は物珍しそうに運ばれてきた点心を、しばらく眺めるのだった。

ーーー

ここは温泉宿。motojimeから依頼を受けているが、相変わらずふでがすすまないあゆみ。しかし目が真剣になり、何か考えつつ、パソコンのキーボードを叩き始めた。

「日本橋、東京駅、高輪、品川、羽田空港、蒲田、川崎かあ。うーん、今までは食べ物の写真がないわね。ということは食べ物を想像して書こう。例えば『日本橋』のグルメってなんだっけ。東京駅なら駅弁があるかしら」

するとmotojimeからのメッセージが来た。
”彼ら横浜にいるで、中華料理食べとるわ”
とのメッセージ。

「横浜にきたのね。中華街かいいわね。うーん、この写真はシューマイかしら。シューマイって、確か『焼売』って書くのよね。で、ギョーザが『餃子』で、ワンタンが『雲呑』のはず」

と、万年筆で余っている紙に漢字を書いてひとりで満足しているあゆみ。肝心の執筆が、あいかわらず進まない。

「あ、ちょっと浮かんできたわ。取りあえず入力してみるか」
そういうとあゆみは、ようやくパソコンの前でキーボードを真剣に叩いみる。

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「焼売を食べるのが、久しぶりだなあ」
「そう、じゃあ餃子は」
「忘れた。でも焼売ほど過去ではないと思う」
「ふーん、じゃあ雲呑は」
「いつだか忘れた。けど肉まんなら昨日食べた」

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「今日はこれくらいにしておこう。続きは明日」と、結果的にほとんど進んでいないのと変わらない状態。でも、少し進んだので気が楽になったあゆみであった。

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