マガジンのカバー画像

母の物語

25
発端は2020年3月。圧迫骨折からの転院含め五度の入院、「密」に過ごした母との備忘録。
運営しているクリエイター

#母娘

蝶とザクロ。

蝶とザクロ。

 今年は蝶が飛ぶ姿をたくさん見た。4月から7月末まで母の家に通っていたせいだ。3月、竹子の東側の家は住人がなくなりたて壊しになった事もあり、春先にはモンシロチョウが数羽飛び交い、5月には緑色のアイツが、柑橘系樹木に密集し閉口した。さら地になった東側から風が吹き抜け、初夏にはアゲハチョウ、珍しいクロアゲハもみた。

 それにしても、庭木の世話は大変だ。

 天気予報は毎年のように「今年は猛暑です」と

もっとみる
エンジングノート

エンジングノート

 私は珈琲を普段飲まない。
 数十年前に亡くなった父は珈琲マニアであった。家にサイフォン珈琲一式があり、小学生だった私は理科室の実験の時、あぁうちの家にあるやつや...と冷めた目でアルコールランプを見たものだ。なんでも新婚当初は珈琲豆の焙煎を習いに工房へ通っていたという、凝り性の父であった。竹子もその影響を受け珈琲を飲むのが日課であった。

 その日、私は濃い珈琲を飲んだ。

 退院した竹子は朝起

もっとみる
母の誕生日。

母の誕生日。

 入院後60日が過ぎた、10月は母の誕生月である。
 誕生日までに退院し家に帰りたい。どうせ誰も祝ってくれへんし誰もプレゼント買ってくれへんし、キウイフルーツ食べたらあかんゆうし、なんでもええから家に帰らせて..と毎日こぼしている。

 実は、娘と私は百貨店で「箸」を選び、名前を彫り込んでもらっていた。そして、果物好きの竹子のために、シャインマスカットをふた粒お見舞いに持って行った。キウイフルーツ

もっとみる
続々 母と娘の密時間2

続々 母と娘の密時間2

 長い一日だった。

 蝉も寝静まっている夜、ふいに電話が鳴り響いた。まさか、と出ると
「ワタシや。あんなぁ...手術の日いつになった?」。入院中の竹子だった。
「まだよ。主治医の先生は転院先を探してる、ゆうてたけど」
「そうか、もうあかんのかもしれんな。朝早うからごめんなぁ」コトリと切れた。自力で歩ける状態ではない母、病室が静かな時間帯にかけてきたのだろう。時計を見ると4時過ぎだった。

9時5

もっとみる
続々 母と娘の密時間.

続々 母と娘の密時間.

梅雨明けはまだだが、暑い日が続いている。

 「今日のごはん、あぁおいしかったわ」。
昼食の瞬間、母は幸せそうに笑っていた。素麺は竹子の好物、とくに新生姜と貝割菜と紫蘇とミョウガを刻んだ薬味が気に入ったようだ。

 四時間後。生まれて二度目の救急車に乗りこんた。

あわてて電話をかけようとするウチが「110番よね」と大きな独り言をいうと、
「ちゃうちゃう、救急車は119番やろ」とツッ

もっとみる
続・母と娘の密時間1

続・母と娘の密時間1

コロナの緊急事態宣言のド真ん中。脊椎圧迫骨折し寝たきりとなった母。中学の夏休みのようにに毎日母と過ごすうち、気づいたこと、心がゆれたこと。

第二波がやってきた。
母は杖を使い自力歩行ができ、深夜もゆるゆるトイレまで歩けるようになった。その翌朝、いつもの通り訪れると、次部屋の引出が落ちておりオムツが散乱していた。竹子は布団をかぶって顔を隠している、泣いたあとを見れたくなかったのだ。排尿時パッド予備

もっとみる
母娘の密な時間10

母娘の密な時間10

 金曜日は月いちの通院日だ。先月は腰痛がひどく動けなかった竹子の代理で、薬だけ処方してもらっていた。
「薬だけでなく、注射も必要ですからご本人が来てください」と看護師。腰痛がひどく移動が困難のため、通院予定を一週間延長申し入れ受理されていた。

 その当日の朝、竹子は久しぶりにお洒落をする。鏡をもってもらい、顔にクリームを塗り眉墨と口紅で彩った。外気に触れるのも久しぶりだ。寒いのか暑いのか、半袖で

もっとみる
母娘の密な時間5

母娘の密な時間5

 昨夜泣いたせいかすっきりして目覚めた。涙は浄化の作用があるという。まだ朝が明けきらないうちに支度をし出かける。今日はMRTを受けに竹子を脳外科クリニックへ連れて行けねばならず、初めて「介護タクシー」を利用するのだ。心が折れてばかりもいられない。

 介護タクシー運転手は親切だった。乗降りも補助してもらい、大変ですよねぇと相槌も打ってくれ、公園の桜の前を通ってくれたため竹子は笑顔をみせる。
「今年

もっとみる
母娘の密な時間4

母娘の密な時間4

 日本もついに感染者数一万人超えた、三月の新聞一面ではイタリア医療崩壊、ドイツは感染者数に対し死者数が少ない、ニューヨークは感染爆発、と書き立てていたのに。今月は対岸の火事ではなくこの国にも火の粉が降りかかってきたのか。

 実家から自宅に戻ったウチは、二日連続、夕食あと着衣のまま寝てしまった。竹子と接する身体的疲れ、姪の幸からの会話がない精神的疲れ、シカト?30歳も年下の彼女と話すのに何を恐れ緊

もっとみる