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長編

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複数編の怪談です。一編の長さは中編と同等か若干長いです。
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記事一覧

異形の匣庭 第二部⑫-4【怨故知新】

異形の匣庭 第二部⑫-4【怨故知新】

「拾われたってどういうこと?」
 母さんが出雲の山中で拾われた? 見つかったではなく? 迷子だったとか誘拐されて見つけられたならまだ分かるけど、拾われたってのは理解出来ない。何百年前の姥捨山の話でもあるまいし……
「そうか。それも話してなかったか……てっきり山鳴さんが話しているものだと……いや、すまない。俺が説明すべきだった」
 父にしてはしおらしい態度で、少し待っていろと自室へと戻って行った。

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ムシ ムシ ムシ 第四話

ムシ ムシ ムシ 第四話

脅威の羽化

 全世界の既知の総種数は約175万種で、このうち、哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種、維管束植物(木や草、野菜などを思い浮かべて貰って差し支えない)約27万種。これに菌類などを合わせても、昆虫種の約95万種には遠く及ばない。更に言えば、アマゾンを筆頭に未開の地には未確認の生物が生息しているとされている。一部の科学者曰く
「地球上には凡そ2000万種の生物がおり、人間はその1

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異形の匣庭 第二部⑫-3【怨故知新】

異形の匣庭 第二部⑫-3【怨故知新】

 テーブル、麦茶の注がれた湯呑みが二つ。
 毎秒無音をかき消す秒針、時折唸る冷蔵庫と製氷機。
 妻と母、あるいは既にこの世にいない人物の写真。

 綺麗に整備されたアスファルトの歩道と目隠しの為に設置された生け垣の間に、エントランス前の噴水から続く水路がどこかの用水路まで続いている。用水路がほんのりと電球色に照らされ生け垣に反射し、ゆらゆらと生け垣の木々が揺れている様に見える。
 首が痛くなる高さ

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ムシ ムシ ムシ 第三話

ムシ ムシ ムシ 第三話

シンクロニシティ 渡り鳥は隊列を作り集団となって飛ぶ。先頭の鳥の羽ばたきが空気の渦を作り出し、後方の鳥達が少ない力で飛べる様になるからだ。列の順番を順繰り入れ替え飛ぶ事で、先頭の負担を減らし長距離を移動する。
 飛行力学を本能的に理解し適用出来るのが、渡り鳥が群れである利点といえる。
 逆に鷹や烏、カワセミ等は基本的に単独で行動する。勿論番いになれば別だが、それでも寿命までの大半は単独だ。
 彼等

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異形の匣庭 第二部⑫-2【怨故知新】

異形の匣庭 第二部⑫-2【怨故知新】

 一軒のアパートの前に立ち、終始何かを気にして辺りを見回している。
 目の前をヘッドライトが横切ったのを確認して道路を渡り、1階中央の部屋に入っていく。
 物が散乱した室内のどこからか饐えた匂いが漂っており、これだけの暑さの中クーラーも扇風機も無い故の蒸し暑さが臭さを増進させている。
 廊下でそれらを纏いつつ一番奥へと向かい、ポケットから鍵を取り出して部屋の鍵を開ける。
 年季の入った学習机の他に

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ムシ ムシ ムシ 第二話

ムシ ムシ ムシ 第二話

適者生存 皆さんは進化についてきちんと理解出来ているだろうか。
 キリンとヒトを例に挙げて整理しよう。
 キリンと言えば首や脚部が長い動物であるが、この首や脚は高所の植物を食べようと使っている内に発達して伸びて今の形状になった。
 と言うのは間違いである。1800年以前ではそちらの方が通説でこの説を【要不要説】と言い、ラマルクという動物哲学者が提言した。
 簡単に言えば良く使う部位は発達し、使わな

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異形の匣庭 第二部⑫-1【怨故知新】

異形の匣庭 第二部⑫-1【怨故知新】

 車窓から見える景色が色濃い自然から暗闇、そしてまた自然に変わっていく。入れ替わる度に民家の数と新しい様式の物も連れ立って増え、途中の降車駅では縦に生え伸びたビルやマンションが軒を連ねていた。そのビル群の合間合間に中途半端に伸びた鉄骨と、赤と白に彩られた大型のクレーンが見え隠れするのを見て、弾けた泡をものともせず日本の近代化の波はまだまだ続くのだろうなと思わせた。
「はぁ……」
「…………」
 右

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ムシ ムシ ムシ  第一話

ムシ ムシ ムシ 第一話

※今作品には多種多様な昆虫が登場します。それに伴って昆虫の詳細な描写、また、残酷な表現が多く描写されます為、読まれる場合は注意をお願い致します。🐝
※今作品に登場する地名、建物名などは実際の人物、団体等と一切関係はございません。🐞
※あくまでフィクションとしてお楽しみください🦋

第一話 序章 石化した珊瑚、或いは長年の雨風によって風化した岩石にも似た大小様々な無数の穴。その穴の数よりも圧倒

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異形の匣庭 第二部⑪-4【囲われた火種】

異形の匣庭 第二部⑪-4【囲われた火種】

「その傷、見てもいい?」
 鳴海は疲れや苛立った表情を抑え、改まった様に真面目表情を作って僕に聞いた。どこかで見た事があるその表情は、付喪神をお出迎えした時に見せた物と似ている。
 熟れた手つきで包帯を外していき患部が露わになると、うわ、と小さく漏らした。
「うわって何うわって。そんなにやばそうなの?」
「ちょっと黙って」
 毎回乱暴な言い方をどうにか出来ないものかと思いはするけど、たかが出会って

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異形の匣庭 第二部⑪-3【囲われた火種】

異形の匣庭 第二部⑪-3【囲われた火種】

 夜の8時を回り商店の殆どがシャッターを下ろし、街灯だけが等間隔に道路を照らしていた。観光客も地元の人らしき人も数える程しかおらず、勢溜(せいだまり)から宇迦橋にかけてゆっくりと歩き、出雲大社前駅を目指す。路地裏を覗けばいくつか灯りが灯っているけれど、寝台列車が出る出雲市駅まで行かないとそれらしい飲食店は見つからないだろう。列車の時間は勿論だが、そもそも電車の時間もかなりぎりぎりだ。もし逃そうもの

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異形の匣庭 第二部⑪-2【囲われた火種】

異形の匣庭 第二部⑪-2【囲われた火種】

「今からもう10年も前になりますか……当時燈がアルピニストとして働く傍ら私の仕事を手伝っていたのは話しましたが、道や家、物に関する怪異は勿論ですが、こと山においてその才能を発揮していました。山が好きだというのもあるでしょうし、山に関する怪異が多いのもあるでしょう。とにかく燈の才能は目を見張るものがあり、それを見込んでその日も一件の依頼が舞い込んできました。、どういう死に方だったのかは余りにも惨い為

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異形の匣庭 第二部⑪-1【囲われた火種】

異形の匣庭 第二部⑪-1【囲われた火種】

 自分の叫び声で目が覚める事があるんだな、と冷静になってからやっとまともに息を吸うことが出来た。ぽすりと真っ白なシーツに身を沈めると面前に橙色の天井が広がっていて、夕陽が主張するのに丁度良いキャンパスになっていた。古ぼけた蛍光灯と剥き出しの自然が支配する風景から一変し、無機質で温かみのある風景に包まれている。その事実がどれだけ僕を安心させ、どれだけの恐怖の中にいたのかを測る物差しになったかは、震え

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異形の匣庭 第二部⑩-2【別のモノ共】

異形の匣庭 第二部⑩-2【別のモノ共】

前回までのあらすじ
母の面影を追って島根に来た継(つなぎ)。そこで祖母のセツに出会い、母がただのアルピニストではなく別の次元の存在を扱う仕事をしていたと知る。
セツとセツの友人である源五郎の口論から逃げ出した先で、継は異形達に襲われていた……

「誰か! ねえ!! セツさん!!! ゲンさん!! な、鳴海!!!」
 どれだけ叫んで叩いても開きもしない扉を前に、鉄パイプを使って四苦八苦していた。人力で

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異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

 鋭いナイフの先端からポタポタと水滴が落ち、黒い岩石で出来た床をさらに黒黒しく染めていく。今まさに誰かを突き刺し殺めて、その場に立っていると言わんばかりの量の血だ。彼女が何者で幽霊か付喪神かあるいはその他に分類されるのかはどうでもいい。明らかなのは彼女が僕を見て生気の無い顔に恍惚な表情を浮かべながら、棚の間をゆっくりとこちらに歩いて来るという事だ。
 棚と棚の間隔は彼女は通れても服が引っかかるはず

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