見出し画像

水は天井から滴る 最終話

結び

 藤父らが病院へと運ばれると、夕陽を背に列を為したパトカーがやって来て、瞬く間に学校に規制線を張った。事情聴取の為に運ばれた彼ら以外の全員が呼び止められていたが、長住さんの両親が到着して陽菜の腕に抱えられた少女の遺体を一目見、警察へ「ここは大丈夫です」と言付けるとあっさり解放された。あれだけの量の死体が突如として学校に現れたにも関わらず、誰一人として苦言を呈する者はいない。頭が変わったとしても、まだまだ長住の名前は有効らしいと知った。
 陽菜の父親に
「終わったんですか」
 と聞かれ肯定すると、それ以上は聞かず陽菜を連れ帰宅していった。
 破つり機などは警察に押収されたが、警察と長住家に黙って持ち帰った物がある。
 蓋の裏側に貼り付けてあった、一通の書だ。
 少女が箱から出ようと抗った際に噛み千切られ、半分程読めない状態ではあったが、辛うじて解読出来た部分がある。

「揺■ナ獲レルナ饉来ルナ、子ハ■■、漏■■ル屑死ガイツ来ナム、他■着セ、杭打■、益ト為セ」

 それは陽菜の祖父、正が口にした言葉に酷似していた。
「揺れな降るうな、漏れ出る崩しぬいづ来るべし、子は鎹な、其は鎹、己が利にして他に落つせ。其が鎹な他に落つせ、其が鎹な他に落つせ」
 がただしの言葉だが、恐らく後者はこの書の言葉を改変して出来た物だろう。
 桑名君に倣って考察してみる。
 『揺れるな』は地震あるいは土砂崩れ。『獲れるな』は憶測でしかないが、凶兆となる作物などがあったのだろう。それらによって飢饉が起きないでくれ。そして『子は鎹だ』は今回の事件そのまま人柱を指す。
 『漏れ出る屑死』が具体的に何を指すのかは不明だが、巻き込まれた人の死臭か併せて起きる疫病。また、飛躍した考えだが、当時街の周辺には有名な薬師がいて、その人の怨霊が定期的に街に危害を加えていたのかもしれない。もしくはこの薬師が禁忌を侵す方法を教えたのかもしれない。花村家の興りがそうであったように。
 あくまで想像の域を出ない話ではあるが。
 『他に着せ』は他所の土地へ被害を擦り付けること、『杭打■』は鎹を地面に刺す杭とかけている。そして『益と為せ』。
 これだけ縁と呪いではがんじがらめにしていたのに、時代が進むに連れて更に強く願いを込めた。彼女を地面と向かい合わせにして埋めていたのもそうだ。
 あの時陽菜が最後まで口にしなくて本当に良かったと安堵した。もし最後まで唱えていたら、彼女自身もこの土地と一族に捉われてしまっていただろう。
 この書は祖父と共に厳重に保管する。 
 何故三階に移動していたのか。これは少女の霊としての力が関係しているのだと推測した。彼女はその力で、水を媒介し子供達を暗闇へと引きずり込んでいたが、その際、箱周辺の土も抉っていたのではないだろうか。数年おきに露出する箱。それを是が非でも出させまいとした結果、校舎を建て替え、地面から一番遠い場所に隠したのではないだろうか。如何に霊とは言えコンクリートを壊す事は出来ず、狙いは成功した。彼女は町自体に縛られている為そこら中で姿を現す事も出来るが、基本的に三階に呼び寄せている。旧校舎には一階しか無かった為に面、一階層分としてしか捉えられなかったのではないか。
 陽菜の祖父や藤唯人の件から鑑みれば、桑名君の予想の殆どは当たっていた。流石だな、と思う。

 私はこの翌日には帰宅していた。長住、藤両人にも関わらない方がいいと祖父から進言されたのもある。一番の要因は勿論陽菜から聞いた長住家両親の言付けだが。
 帰宅した夜、桑名君の母親から葬式に参列しないかと電話があった。正直行くか迷ったが、彼の家族にその時の話が聞きたいと言われ出席する事にした。
 火葬の合間、桑名君の両親と別室にて仔細を話していた。
 
「本当に……申し訳ありませんでした」
「いえ……私達がもっと止めていればこんな事にはならなかったんです」
 深入りし過ぎた結果、桑名君は長住家の誰かしらに暴力を振るわれた。しかしそれでも彼は止まらなかった。
 そして死んだ。私の目の前で。
「光輝が人一倍優しい子だったのは皆知ってました。つい首を突っ込んでしまう癖も。自分が就いた仕事で悩んでいたことも、こうと決めたら曲げないことも……話を聞く限り、あの子は誰かの役に立とうとしてそして死んだんでしょう。本望だったかはあの子にしか分からないけど……」
「桑名く、光輝さんは私や子供達の為に力を尽くしてくれました。私も助けられたましたし、多くの人を救ったんだと勝手ながら思っています」
「ありがとう……最後まで友達でいてくれて」
「いえ……こちらこそあんな素敵な息子さんと友達になれて……本当に良かったです」
「それと、これ。あの子の部屋を整理してたらあなた宛てにって」
 渡されたのはUSBメモリーだった。
「これは?」
「分からないけど、あの子の携帯を充電しようとしたら、コンセントの上に付箋が貼ってあって……あなたに渡すようにってメモが貼ってあったから」
 私はそれを握り締め、深く頭を下げた。

 桑名君の葬儀から数日後のことだ。
 御粕會みはくえの町に尋常でない大雨が降った。天気予報士の誰もが予想出来ず唐突に降り始めた雨は、たった数メートル先を視認出来ない程の雨量を誇った。この街に一年で降る量を大きく超える雨が、たった一両日中に降ったのだ。
 川は数時間の内に許容量を超えて氾濫し、街を飲み込んだ。
 追い打ちをかけるように、警察や自治体が救急隊を編成して住人の避難を進めようとしていた所に、生き延びた人をして「山が落ちて来た」と言わしめる規模の土砂崩れが起きたのだ。地質調査で安全とされていたはずの高級住宅街を巻き込んで発生。夕方六時を過ぎて多くの人が屋内にいる状況で発生した地滑りは、山肌に沿って建設されていった住宅を根こそぎ削り、マンションや邸宅は巨大な瓦礫の塊と姿を変えながら、人という人、建物という建物の全てを轟音と共に飲み込み、更に下の層にあった建築物を押し潰していった。

 地滑りと川の氾濫は、最終的に死者1259人、行方不明者306人、負傷者584人という甚大な被害を齎した。死者と行方不明者の殆どは大人だった。
 その土砂崩れの影響か大雨の影響か、町中を通る整備された道路が丸ごと液状化して陥没。そこに粕會川はくえがわから水が流れ込み一本の巨大な川を作った。
 専門家達は、そもそもの調査に不備があったのではないか、実は業者が埋め立てた土地だったのではないか、異臭がしたという生存者からの話が、などと色めき立って論じていた。これだけの大惨事が開発された住宅街で発生したのだから無理もない。
 しかしながら、その後、町が先だって行った地質調査では何ら問題点は発見されなかった。また、この町出身の選手が大怪我を負い選手生命が危ぶまれているというニュースもあったが、災害のニュースとの合間に一瞬流れ瞬く間に見なくなった。
 もしかすると長住家が関係しているのかと町の住民は思ったが、残念な事にそれを確かめる術はない。何故なら長住家の一家全員とは一切連絡が取れていないからだ。流されたのか生き埋めか。どちらにしろ発見までに生存している可能性は低いと見られている。
 また偶然生き残った人々の話の中には
「何故かここなら安全な気がした」
「誰かに止まってっ言われたんです」
 等の証言があった。
 大雨の前日に、長住陽菜が白い人形を抱えているのを見た、というクラスメイトもいたが真偽の程は定かではない。

 大雨のニュースを横目に、私はすぐに受け取ったUSBをパソコンで読み込んだ。中には複数のフォルダがあり、彼が仕事柄集めた怪談や、自身で創作したであろう怪談が保存されていた。聞いたものもあれば全く知らないものもある。
 その内の一つに写真と題されたフォルダがあった。
 それには町の風景や古い集合写真、最近撮られたあの歴史の本の写真もある。光輝の携帯で撮った写真が、充電の度に自動的に保存されるようにしていたのだろう。一枚一枚スクロールしていくと、御粕會の町中を歩く私の後ろ姿が納められていた。
「……こいつ、何勝手に盗撮してんのさ」
 学校に潜入する前の写真だった。
 思わず零れた涙を拭いて再度見ると、写真の奥の方に人が立っているのがふと目に映った。遠目で見えにくいがこちらを見ている様な気がする。写真を拡大していくと一組の男女が立ってこちらを見ていた。
 一人は南郷だった。あの時学校に侵入した際に偶然映り込んでいたようだ。
 もう一人の男が誰なのか検討が付かないが、一体誰なのだろうか。
「かすみを殺しやがって」
 声が聞こえた瞬間、頭部に鈍い衝撃が走った。衝撃で体が仰け反った一瞬、視界に見知らぬ男が目に入った。
 その男の顔はこちらを見つめる写真の人物によく似ていた。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?