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第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」 千早茜さんインタビュー


第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」の募集がスタート!
ゲスト選考委員は直木賞作家で、新刊『グリフィスの傷』が話題の千早茜さんです。また、季刊公募ガイド夏号(2024/7/9発売)では、千早茜さんのインタビューを掲載しますが、ここではこのインタビューの別バージョンをお送りします。応募前にぜひとも熟読ください。作家志望者必読の内容になっています。

テーマを象徴するモノが見つからないと書けない

―― 子どもの頃から日記を書かれていたそうですね。

母親が国語教師だったので、2歳ぐらいから書かされていて、今も書いています。

―― そうなると、もう書かずにはいられなくなりますね。

 そうですね。旅行とかに日記帳を忘れていくと、焦ります。ずっと続けていたことが途切れるのは気持ちが悪い。あとで書きますが、その日に感じたことを取りこぼしそうで嫌ですね。

―― 小説を書くこともそうですか。

 小説は日記と違い、ある程度、頭の中でまとまらないと文字にしません。毎日、呼吸をするように書かなければいけないとは思うのですが。

―― 書く時間は決めていますか。

 それも決めていません。最近は徹夜はしないようにしていますが、書きたいときに書くというスタイルです。

 ―― 新刊の短編集『グリフィスの傷』は、収録された「竜舌蘭」にしても「林檎のしるし」の低温熱傷にしても、テーマを具体的に象徴したものが出てきます。それは意識的に?

 そうですね。今回はまず医学書を見て症例を決めるところからはじめています。その中から、「低温熱傷と中途半端な恋心って似ているな」などとイメージを重ねていき、物語を考えていきます。

―― 抽象的なテーマも、ものに象徴すると記憶にも残りやすいですね。

 私はその象徴が見つからないと書けません。核のようなものができないと、物語がまとまらないですね。浮かんだシーンがバラバラであっても、核が見つかるとつながっていきます。

―― それはどういうふうに見つけるんですか。
 浮かんだフレーズとかをメモし、それを付箋に書いたりしておいて、医学書とか関係ない本とか読んでいたりすると、ポポポポってつながる瞬間があります。

―― 別々にインプットしておいたものが、頭の中でつながるんですね。

題字が出るまで、映画の冒頭を早書きで描写する

―― 小説を書き慣れない方は、整合性がとれないことを書いてしまったりします。

 プロでもときどきありますよ。以前、読んだ小説でも、最初、布団だったはずなのに、途中からベッドになっていて、編集者も校正者もいるのに誰も気づかなかったのかなと怖くなりました。

―― 言語理解者とビジュアル理解者がいて、後者は頭に映像があるから、そうしたミスは起こさないと聞きます。

 私も完全に映像で考えますね。でも、頭の中のものですし、ミスはあると思いますよ。

―― 小説家はやはりビジュアルシンカーが多いんでしょうね。

 どうでしょう。ただ、映像で考えても人に伝えるためには言語化しなければいけないので、私は言語化の練習をしています。

―― どんなことを書くのですか。

大学のときからずっとやっているのが、映画を観るときに冒頭を描写することです。だいたい題字が出るまでやります。

―― 映画を観ながら?

 はい、早書きで。映画館でもシャカシャカと。映画の冒頭はわずか数分で世界観を印象的に伝えているので、それを文字に起こす練習をしています。

―― 映像的な文章を書くトレーニングですね。

映像を言語化するための筋トレみたいなものですね。

―― 同じ場面でも、どこからどう書くかで読みやすさも面白さも違ってきます。

 頭の中に映像があったとしても、そのまま物語に書きおこしていくわけではなく、ここでアップにするか、こっちの目線から見るか、俯瞰にするかとか、どうしたらいいんだろうと考えながら書きます。
 紙芝居や舞台のようにカメラが動かないわけではないから、二人の会話のときは二人の手とか目とかをアップにしないといけないし、カメラの切り替えがないと読んでいる側は飽きるので、それを考えると、あっちのカメラの切り替えのほうがよかったかなとか、いやこっちのほうが距離感がでていいかなとか迷いますね。

―― 一流のアスリートは自分を俯瞰で見ている目があり、二つの視点でプレーしていると言いますが、小説家もそうですね。

 日常生活でも頭の上にカメラがあって、自分の振る舞いとかを客観的に見ているという作家もいますね。客観視ができないと、プロとしてやっていけないと思います。もう一つの目がなければ、自分で自分の原稿を見ることができませんよね。

幻想小説だけではきついと戦略的にジャンルを変えた

――「グリフィスの傷」では「眉はほけほけとして境目があいまいで」とあります。面白い擬音ですね。

 最近、擬音が独特だってよく言われます。「ほけほけ」は髪を適当にまとめたり、寝ていて崩れたりするとできる……つまりはアホ毛ですよ。

―― ああ、アホ毛からきている?

 「まぶたの光」の章は主人公が子どもなので。私が子どものときから使っている擬音でいいかと思って使いました。

―― 普段から擬音をよく使う?

 普段の擬音がひどいらしく、それを夫がメモっていますね(笑)。

―― 千早さんは初応募で初受賞されています。受賞後第一作は、受賞作を超えなければというプレッシャーはなかったですか。

 小説すばる新人賞を受賞した「魚神いおがみ」は泉鏡花文学賞も受賞してしまったので、幻想ものでこれを超えるのは無理だなと思いました。

―― いい意味で開き直れたんですね。

 小説家であり続けるためには幻想小説ばかりではきついなと思い、しばらく現代ものばかり書いていました。ジャンルを変えたら比べられないし、私はずるいんです。

―― いや、変えられるのがまたすごいですよ。

 だから、練習しました。2作目の『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』は担当編集の方が毎月毎月お題を出して、そのお題に答える形で私が書く。「シンデレラ」のこのモチーフとこのモチーフとこのモチーフを使って現代解釈をしてストーリーを作ってというのを練習でやって本にしてもらいました。

―― プロ作家もやはり努力しているんですね。本日は楽しくて勉強になるお話、ありがとうございました。

高橋源一郎
1951年、広島県生まれ。81年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。 小説、翻訳、評論など著書多数。日本のポストモダン文学を代表する作家。

千早茜さん
1979年北海道生まれ。立命館大学卒。08年『魚神』で小説すばる新人賞受賞。23年、『しろがねの葉』で直木賞受賞。ほか、『あとかた』『透明な夜の香り』など著書多数。(撮影:中林香)

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