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避けて通れないことがある 神様も“失敗”して成長した ことの葉綴り。二〇九

長い苦難の旅

おはようございます。雨がしとしと降る朝、「ことの葉綴り。」に向かいます。毎日の習慣になっている大切なひとときです。

日向の高千穂を、兄の五瀬命と旅立った天孫の御子、伊波禮毘古。
今でいう大分、福岡、広島、岡山で、ときに居を構えて、地元の豪族と、お供になる交渉をし、難航しはむかわれることもあり、
またときには、自ら配下にと声を上げるものもあり、
気が付くと十六年の歳月が過ぎていました。
さらに、東へ向かい大阪湾から淀川を上ります。
そこで待ち構えていたのが生駒山を支配する豪族、那賀須泥毘古。
烈しい攻撃に遭い、兄の五瀬命を失いました。

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傷を負った五瀬命は、こう言葉を残します。
天孫の御子の私たちが、太陽が昇る東へ向かい戦ってしまったのがいけなかったのだ。
向きを変えて、太陽の光を背中に受けて戦うのだ

伊波禮毘古一行は、船で大阪湾を南下し和歌山へと向かい、
やがて熊野に到着。
深い山中で荒ぶる神の呪力で生死の境をさまよいます。
危機一髪を逃れたのは、高天原の天照大御神さまはじめ、
天つ神の御こころでした。
徳の高い高倉下の夢に現れて、神剣を授け、
そして、神の使者の八咫烏を遣わせました。

そこから、これまでの苦難の中で、知らない間に溜まっていた、
兄を失った喪失感、深い悲しみ、心の弱音、孤独感、
「もう、だめかもしれない」と、高千穂を旅立ったときの
希望さえ、薄れていたはずです。
天照大御神さまはじめ天つ神からの御こころで、そんなこころの“邪気”を清め祓い、旅の“第二章”になっていきました

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強敵に向かう智慧と勇気


さらに熊野、吉野で、仲間を増やし、
奈良の宇陀では、伊波禮毘古を、罠にかけて騙しうちにしようとする兄宇迦斯(あにうかし)がいました。

さらに忍坂の大室では、強敵の八十建が手ぐすねを引いて待ち構えていました。八十というように、大勢の土着の勇猛なツワモノを前にして、普通に正面から戦っても、勝ち目はありません。
そこで、伊波禮毘古は、知恵を巡らせます
須佐之男命様が、お酒の力を借りて、八岐大蛇退治をしたように、
お酒とご馳走をふるまい、敵を油断させて、撃ち取ったのです。
これは、弟の弟宇迦斯(おとうかし)が、伊波禮毘古に、
兄がだまし討ちにしようとしていることを、告白してくれたおかげでした。

そして、伊波禮毘古たちは、最終決戦を迎えることになるのです

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最終決戦前の歌

宇陀で兄宇迦斯を撃ち取ったあと、残すは、兄の五瀬命の命を奪った那賀須泥毘古(ながすねびこ)だけとなりました。

兄上、いよいよです。
必ず、那賀須泥毘古に打ち勝ち
私たちの天命を全ういたします。

那賀須泥毘古との戦いを前に
伊波禮毘古は、配下の皆へと向けて、意気を上げるために
歌を、朗々と披露
しました、

歌声は、天にいる天つ神へ。そして兄に、また自分自身を奮いただせるものでした

♪みつみつし 久米の子等が 粟生(あはふ)には 韮一莖(かみらひともと) そねが莖(もと)そね芽繋ぎて 撃ちし止まむ♪
♪みつみつし 久米の子等が 垣下に 植ゑし椒(はじかみ)
口ひひく 吾は忘れじ 撃ちし止まむ♪

久米の子等。武勇に優れたものたちで、八十建との闘いでも、大活躍した配下です。信頼が本当に強く支えにしていたのでしょうね。

強き我が兵の、久米の子たちよ。
そなたらの、粟の畑には、匂いのきつい韮(ニラ)が一本、混じって生えているであろう。
この強い韮一本。さあ、その根元と芽をつないで一つにして、一気にひっこぬくように、
宿敵の親玉から子分まで一網打尽に、数珠つなぎにして撃ちとろう!

強気勇猛な我が久米の者らよ。そなたらが垣の側に植えた山椒。山椒の実は、口に入れるとヒリヒリして、いつまでも忘れられないものだ。
同じように、私は、前に受けた敵からの痛手を決して忘れることはできない。今こそ、仇をとり撃ってしまおう!!!


さらに、歌は続きます。
♪神風の 伊勢の海の 大石に 這ひ廻(もとほ)ろふ 細螺(しただみ)の い這ひ廻(もとほ)り 撃ちてし止まむ♪


神風吹く伊勢の、あの伊勢の海の大きな石を這いまわっている細螺(しただみ)のように、私たちも、這いまわり、宿敵を打ち滅ぼしてしまおう!!!

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避けて通れない“宿敵”は自分?

私たちの、人生にも、避けて通れない出会いがありますよね。
それは、恋、友情といったものから
ライバル、宿敵、逃げられない上司、いじめっ子という場合もあります。

また、自分自身の夢や願いを叶えるためには、
越えなければならない「山」もあります。
そして、思うのは、この避けて通れないもの、越えなければならない「山」

その最初の一歩は、自分の中の、「恐怖」と向き合い乗り越えることだったりするのではないかなと。
勇気を出して、一歩を踏み出す
あきらめず、引いてしまうことなく、その場所に立ち、
一歩を踏み出す

この一歩目の、勇気、知恵、タイミング、覚悟をしたときに、天の御こころからのサポートが来るように感じます

避けられないものへの向き合い方

いじめでは「逃げる」ことも一つの方法

そして、人生を自分で変えてつくりあげていく「力」その最初の一歩は自分の「恐れ」を認め向き合うこと。そこから始まっていく。

今朝はそんなことを感じました。


そして、物語は、一致団結して戦に臨んだ伊波禮毘古たち。

さて、どうなっていくでしょう?

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―次回へ


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