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病気の原因について今思うこと。

こんにちは。今日はいい風呂の日、寒いので湯船に浸かったら気持ちよさそう。でも私は家の構造上寒い日もシャワーです。泣ける。
最近は何かに追われる感覚で過ごすことがなくなり、毎日のんびり過ごしています。いつの間にか時間が経っていて、これが本来の過ごし方なのかなと感じています。
今日は『病気の原因』について最近感じることを書きたいと思います。前提として、私は病気の原因探しは基本していません。しかしながら、鬱を脱却してからのカウンセリングを通して「なんで精神疾患にかかったのか」に自然と気付き始めました。
お時間ある方は最後まで読んでくださると嬉しいです。

原因はたった一つ、ではない

今までずっと病気の原因は弟の不登校による家庭環境の悪化だと思っていました。
だから鬱期の時は家族が100%悪いと思っていました。

確かに、あの頃の家庭環境は悪かった。ヤングケアラーをしていた。父も暴力を振るっていた。
でも、それだけが原因ではないと最近は感じています。

私は幼少期から精神疾患になりやすい性格をしていたと思います。
みんなの輪に入れない。小さい頃(3歳とか)に公園に連れて行ってもらっても、毎回入り口で固まってしまっていたみたいです。
小学校から高校までは、クラスや学年が大嫌いでした。決まった枠で仲良くするのが苦手、とにかくこの頃も輪に入るのが苦手。だから学生時代は休み時間一人で勉強か読書をしていました。
家に帰っても常に悩み事ばかり、それを『まあいっか〜』と投げることができず、悩みから逃げるように勉強ばかりしていました。
それで学校でも家でも登下校中でも常に勉強。学生時代遊んだ記憶は正直ありません。行事も楽しかった思い出ないし、なんなら行事は勉強とか読書とかできないので一人で突っ立っていて苦しかった思い出です。

まとめると
・昔から悩みを真正面に受け止めてそれを『まあいいか〜』と投げ出せなかった
・暇をなくすために勉強をしていた
・遊ばなかった
=生まれながらにして精神疾患になりやすい特性を持っていた

そして、昔から学年の不良とかを好きになりやすかった。つまり、ダメな人が好きだった。これも今の境界性パーソナリティ障害の特性に繋がっている。

大人になるにかけて、特に社会に出てから暇な時に何をすればいいのか分からずで。今までずっと勉強していたから。
何かに追われる感覚があって、やらなくてもどっちでもいいことを「あれやらなきゃ」と思ってしまった。『今日くらいやらなくてもいいや』ができず、だから大学も中退したのかなって今では思います。

だから最近は成長しているんです。
ここ数日何かに追われることなく、noteだって投稿しない日もあるしインスタだって更新しない日もあるし、ただボケーっとネトフリ見ている。『そろそろ家事やるかあ』と思って重い腰を上げて家事をする。
それができているのが、本当に本当に成長で。もう22歳だけどようやく出来るようになりました。

今では家族が100%悪いなんて全く思っていないし、家族を今まで毒親だと思っていたことが申し訳ないです。
でもそれに気付けて良かった。確実に病気は良くなっているんだなと思いました。

よくなってきてはいますが、これからも通院を続けて更に成長できるように頑張ります!
最後まで読んでくださりありがとうございました。(^ ^)
琴音

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