【短編小説#4】死者との通話
誰にも信じてもらえないかもしれないが、僕は、亡くなった人と、通話が出来る携帯電話を持っている。
ただ、その携帯電話を使うという事は、とても恐ろしい結果を招く。
これまでに、何度かこの話をして、『そんなわけあるはずがない』、『信じられるわけない』等という、僕の話を全く信じようともしない人に、携帯電話を貸したことがあった。
そして、借りた人は、間違いなく、命を落とす結果になっていた。
その理由は、なんとなく分かる。
“電話口の亡くなった人たちが、あまりにも楽しそうであること“
僕も何度か使ったことがある。間違いなく、電話口に出る相手は、亡くなった人だった。
自分の希望する相手と話が出来る訳ではない。過去に自分と関係があった誰かが、ランダムに電話口に出るようだった。
最初は、自分でも電話口の相手が、亡くなった人であるという事が信じられなかった。
だが、話しをしていると、その個人でしか知らないことを知っているし、声も同じように感じられるから、亡くなったその本人と話をしていることは間違いないようであった。
僕がこの携帯電話を貸した相手に共通しているのは、世間で言われる『出来る人』、『有能な人』で、いわゆる、合理的な人だった。
合理的であるがゆえに、自分の理解を超えたことが信用できない。
僕に対して、「何言ってんの?」「意味わからない」「いい加減にしたら?」というような拒絶的な反応をする人達。
亡くなった人の話を聞いていると、死後の世界が、素晴らしいものであること。楽しんで暮らしているということ。それが、会話で明らかになる。「早くこっちに来たらいいのに」という言葉が、誘惑する。
日々の生活で、
嫌なことがあった時、
誰かから不満を言われた時、
願いが叶わなかった時、
僕は、死者に「死」に誘惑された。
そんな僕が死ななかった理由は。妻だった。
僕の妻は、世間的に見て可愛いわけじゃない。僕の妻を、誰かに紹介すると、「いい人そうだね」と言われることが多かった。
でも、僕にとって、その感想は何の意味も持たない。僕が、世間の評判を気にするタイプじゃなかったから。
妻が、僕を見るとき、その目が輝いて感じられた。
僕だけを見ているようだった。
その目に見てもらいたかった。
その目に映っていたかった。
ただそれだけ。
ただ、それだけの理由で、僕の死にたいと思う気持ちは無くなるのだった。
◇◇◇
妻が死んでしまった今。僕には、この世界に残る理由がない。唯一の理由となっているものが無くなってしまったのだから。
道は一つ。になるはずだった…。
でも、僕が生きているのには、新しい理由が出来ていて…。
それは、妻が生前、話をしていたこと。
妻が生前、行っていたこと。に由来する。
「妻の性分というか、性格というか」
「妻は、困っている人を見ると、見過ごすことのできない性分で」
結婚する前、付き合っている時のデートの時。
お店のレジで困っているおばあさんがいれば、「どうしました?」と声を掛けて、店員さんよりも丁寧に会計の方法を説明していた。
僕の住んでいる、地域では、何十年かに1回は物凄い大雪になる事がある。雪に慣れていない人達が住んでいる地域だから、雪が降った後は、そこらじゅうで車がスタックしていた。
妻は、その光景を見て、僕に「ねえ。何とかしてあげられないかな?」と言って、その目を僕に向けるのだ。
僕の好きな目だ。もちろんその目に歯向かうことなどできない。
僕と妻は、スコップを持って、動けなくなった車に向かう。
思いがけない救助者に運転手はびっくりしながらも、車が動くようになると、深いお辞儀と心からの感謝を残して去っていく。
汗だか、溶けた雪だか分からない何かを拭いながら、妻は「良かったね」って笑っていた。
その目に映るものは、雪だけじゃなくて、全てのものが、キラキラ輝いて見えていたんだろうな。
妻が亡くなった今、僕は、毎日その携帯電話を使った。
いつか、妻に繋がることを願って。
今はこの世界にいない、妻と話をした時。
妻が望むのであれば、その日に僕は、逝くのだろうと思う。
ただ、僕にはわかる。妻が何て言うのか?
「死んだ方が良いのに」なんて言わないだろう。
妻が、「早くこっちに来なよ」なんて言おうものなら、僕はその相手を妻だと信用できないだろう。
路肩で止まってしまった車に声を掛けた時
道に迷った外人さんに声を掛けた時
僕は、妻と話が出来ているような気がして。
まだ、僕はしぶとく生きている。
この電話で、妻と話をした時、僕はどのように思うのだろう?
僕は、妻のことを懐かしいと思うのだろうか?
いや、僕の心には、まだ妻がいて。
きっと、きっと。
ただ、家に帰ったときのように、ただ、安心するのだろう。
僕の未来には、まだ妻が生きている。
だから…
まだ、死ねない…
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