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【校閲ダヨリ】 vol.57 カタツムリは考えるのです —蝸牛考—(国語学基礎概説4)




みなさまおつかれさまです。
あじさいが綺麗な季節になりました。
葉っぱの上にはカタツムリ。なんとも風流です。

さて、今回はそんなカタツムリにまつわる国語学のお話です。

タイトルに「蝸牛考」と載せましたが、この学問をかじったことのある人はもれなく知っているといっても過言ではない、有名な学説ですので、基礎概説のくくりとして取り上げたいと思います。
(民俗学の分野でも、もしかすると講義のテーマになっているかもしれません)

主人公は「柳田国男」です。
1875年、兵庫県に生まれ、貴族院書記官長を務め朝日新聞社へ転職します。1930年以降は学問に専念する生活を送るのですが、そんな彼の専攻は「民俗学」です。(というか、「日本民俗学」の創始者です)


民俗学で有名なのに、どうして国語学の分野で取り沙汰されるんだ。

   
   
それは、民俗学には言葉と切っても切れない関係があるためです。
方言」が両者を繋ぐ大きな橋になるのですが、これは、地域で生活を営む人々にとって絶対的なツールであり、自分たちの暮らしを支え、それを用いることによって暮らしが成り立つ唯一の言語だからです。
方言学体系」を構築した藤原与一が「生活語」と呼んだ方言は、生活者の立場で研究することで地域の生活そのものの解明につながります。
方言を突き詰めると、国語学・民俗学ともに研究材料が集まるというわけです。
   
さて、話を柳田国男に戻しましょう。
柳田は、全国各地の「カタツムリ」の俚言形(方言のこと)を調査しました。
時は1930年、インターネットなどかけらもなかった時代です。
対象地域は青森県から沖縄県。北海道は長らく独自の言語体系(アイヌ語)のもと暮らしを営み、開拓使によって様々な地域の言葉遣いが一気に入ったため本論の対象からは外れているようです。
   
調査結果を見ていくと、各地域により多少のバリエーションはあるにせよ、大きく5つの「カタツムリ」の呼び方があることが判明しました。
カタツムリ系」「デデムシ系」「マイマイ系」「ツブリ系」「ナメクジ系」です。
   

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柳田国男(1930)『蝸牛考』 (国立国会図書館デジタルコレクション)  

これだけでもすごい研究ですが、さらに興味深いのはここからです。
この日本地図を俯瞰すると、ある種の法則性を見出すことができます。


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山岳地帯などがあると広がり方がスローになるので、もちろん「ぴったり」にとはいきませんが、「なんとなく」同じ呼び方が昔の文化の中心・京都を基点とした同心円状に広がっていることがわかるのです。
ここから、重要なことが2つ導き出せます。
   


「自地域特有の方言だと思っていた言葉が、実はまったく逆方向の地域にも存在し得ること」
 中心から遠い地域ほど、昔の『都言葉』が残っていること」

です。
   

しかし、沖縄は少々事情が異なります。
本州の概念を適用すれば、北から南へと言葉の変化がありそうですが、那覇を中心とした同心円状に広がっているようです。

沖縄

※筆者作成

柳田は、これを「本州から船でアクセスがしやすい那覇〜牧港(浦添)にまず伝わった」と分析しています
   
   
……とすれば、日本で最も古い言葉が残っているのは「青森県」「沖縄県(特に国頭)」ということになりますでしょうか。
どちらの方言も、一般的には理解が難しいとされる点が共通していますが、「わー = 私」など、単語レベルで同じ使われ方をしているものもあります
私としましては、沖縄県は諸外国からの文化も多く入ってきているため、より独自の進化を遂げているような感じを受けます。
   
   
「カタツムリ(蝸牛)」の調査をして得られた説なので蝸牛考、加えて同心円の広がりがカタツムリに見えるから蝸牛考です。
この考えはまた、「方言周圏論」とも呼ばれています。
   
   
最後に、方言周圏論の考えがよくわかる一般向け書籍を紹介して、今回は終わりにしましょう。
テーマに掲げている語は少々コメントしづらいところですが、内容はいたって真面目なものです。
   
   

松本修『全国アホ・バカ分布考』(新潮社)

松本修『全国マン・チン分布考』(集英社)

   
   
これらはインターネットを用いた現代的手法でデータを集め分析していますが、便利になったとはいえ相当地道(地味)な作業の繰り返しです。
著者は国語学者ではありませんが、しっかりと国語学的なアプローチができており、「研究はやはり気合いだな」とあらためて思い知った一冊でした。
   
   
お子さまの夏休み自由研究にもオススメの蝸牛考、この機会に体験してみては?
   
   
それでは、また次回。



参考文献
柳田国男(1930)『蝸牛考』(刀江書院)
日本語学大辞典』(東京堂出版)
松本修(2018)『全国マン・チン分布考』(集英社)



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