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瞬間的エッセイ

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わたしの瞬間的散文
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瞬間的エッセイ7

瞬間的エッセイ7

《私を、受け入れる》ということ。
女性性とはなにか?
わたし自身、幼少の頃からぼんやりと萌ばえ、大人になるにつれそれが悩みとなり、いつしか苦しみになり続けている視点。

TVのコマーシャルや街中のあらゆる広告媒体に蔓延る日本特有の"女性なのに像"は、直接的な悪意が無いだけに潤滑的に我々の脳内へ扇動されていく。"女流作家、女流棋士、女優、女性ピアニスト、若い女性の経営者・・

私が、わたしじしんのネ

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瞬間的エッセイ6

瞬間的エッセイ6

手帳に書いてあった殴り書き。
これはきっと潜在意識にある私の本質だ。だけど、記憶にない。たぶん酔っ払ってたんだろうな。わりと本質捉えてるので恥を晒す。

『成長』ってなんだっけ。
根拠の無い自信や漠然とした理想の中で夢見ているだけなら幸せだ。でも、悲しいかな、人は成長する。成長していくおかげで、妄想という名の理想との距離感が少しずつ明らかになっていく。
『成長』は理想でぼやかされた現実視界にピント

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瞬間的エッセイ5

瞬間的エッセイ5

時折、昔にひたすら読んだ本に再び会うことがある。
その瞬間はとても何気ない。
乾燥が酷いときに紙で指を切ったときのように痛痒い。
再会したその本の節々に残した走り書きに出会うたびに沸き立つ高揚感は、まさしく陶酔の如し…、なーんて言ってみるけれど結局、そこに刻まれていたのは、もはや今の私が知覚でき得ない、それでも私であるという単なる私の残像。

最終ページに書き込みがあった。
眠い、という文字とその

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瞬間的エッセイ4

瞬間的エッセイ4

美しい、かもしれない

そのかもしれない何かを査定するその試みや居処はなんだろうか。
『美術を語るものはそれ以外を語るな。』とか、『音楽を語るものはそれ以外を語るな。』とか、主要とする分野はなんであれ、至極禁欲的な発想で物事の根幹に対して何かを表現する者へ手当たり次第揶揄する人が多いようなのだー。

だから、今回は瞬間的にこれを題材として自由に考えて表現してみる。

人それぞれに、残念極まりなく贅

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瞬間的エッセイ3

瞬間的エッセイ3

先入観なしに、音楽・音を聴くことの難しさ

音楽をアカデミック(=学問的に)に勉強することで、作品の中で綴られた音それぞれの有機性、つまり一つの細胞(モチーフ)が枝分かれし関連・発展していくさまを認識することができるようになる。

けれど、その学習の先には大きな壁がある。

蓄積された形式(=客観的美意識)の強固なフィルターをいかに取り払い、自分の見たいもの又は聴きたいもの”以外”のものに強い意識

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瞬間的エッセイ2

瞬間的エッセイ2

芸術は、音楽でも美術でも古来より常にその時代のプロフィールを伝える鏡のようなもので、歴史を代弁してくれるものが芸術作品として今日存在していることが多いわけであるから、芸術=真実という見方もできる。生々しい人間の生きてきた歴史を証明するもの。
だから芸術に生きる人々は、芸術を全うすると覚悟を決めた以上、自分の芸術行為が社会にどのように貢献できるかをかんがえるべきだと思うし、それをかんがえない芸術家は

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瞬間的エッセイ1

瞬間的エッセイ1

知識や経験から学べば学ぶほど、逆行するか
のように"無"へ近くなる感覚(境地というべきか)に憧れる。
適度に自分を捨てて、適度に相手を受け入れる。
そして私と他人とそれ以外の何かに操作されている(導かれる)かのように、とても離れた所から芸術に支えるような領域に憧れる。
そのいい匂いのする融合体とは反対に、利己的すぎるなと言われるような、臭みのある人間だからこそ表現できるバカバカしさ、哀しさ、恥ずか

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