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「鏡の中の女性と目があった」 ショート実話怪談


あらすじ

これは私(Kitsune-Kaidan)が、カナダのある有名な美術館を訪れた時に体験した実話ショート怪談です。その大きな美術館には世界の有名な美術品や化石、民芸品、現代アート、写真など、さまざまなアートが展示されています。教科書で見たことのあるような展示品を通して歴史を感じることができる素晴らしい博物館です。

魅力的な芸術品に圧倒されながらも各階の展示品を楽しく見物していました。アール・デコやヴィクトリア朝時代の装飾品が展示されている階に足を踏み入れた時から少しずつ不快な感覚に襲われ、恐ろしい不思議な体験をしたのを今でも鮮明に思い出します。

それでは、不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。


美術館

ダウンタウンにあるモダンな建物の中に一歩足を踏み入れると、古代の自然界を縦横無尽じゅうおうむじんに駆け抜けていたであろう恐竜の化石が訪れた人を迎え入れてくれる。

私はその美術館に入館するやいなや、ワクワク感がとまらなくなった。歴史的なものを見るときはいつも手に汗を握る。なぜかというと、古いものには良くも悪くも力強いエネルギーを感じるからだ。

先住民、化石、石、アジア、ヨーロッパ、ギリシャ、エジプト、ローマ、アフリカ、北アメリカなどのさまざまなアート作品や歴史的な美術品に圧倒された。かなり見応えがあるので、休憩を入れながら各階を進んでいく必要がある。

気持ちを安定させ境界線を強く保っておかなければ、強いエネルギーに引っ張られてしまいそうだった。閉館した真夜中に、映画のようにこの中にある全ての物が自由に動き出すのではないかと錯覚するくらいリアルな展示品が並んでいた。

私はすでに疲労感を感じていた。


アール・デコ

束の間の休憩をとった後、再び次の階へと足を進めた。1910年代半ばから1930年代にかけて流行したと言われているアール・デコの展示品を見ている時になんとなく異変を感じ始めた。はっきりとした理由がわからず、足取りが重かった。

持ち主の思いがこもっている高級品を見つめていると、ただならぬ念のようなものを感じ悲しい気持ちになる。一点ずつていねいにガラスケースの中に飾られている展示品には、とても悲しい雰囲気が漂っていた。

「これ以上考えてはダメだ」

自分に言い聞かせなければ、ボーッとしている間にアール・デコの悲しげな魅力に惹き込まれていく。写真撮影可のエリアがあるので、ときどき写真を撮った。どうしても写真を撮りたくないと思うものが数点あった。特に椅子は苦手だ。どんなに美しい椅子でも、そこには誰かが座っている気配がするのだ。その気配を無視するようにガラスケースの前を通り過ぎた。

椅子に座っている何者かがジッとこちらを見ているような気配を拭い去ることはできずに、私は次のエリアへと向かった。


鏡の中の女性

アール・デコを見終わった後は、ヴィクトリア朝の装飾品や家具の数々が飾られていて当時の様子を再現した部屋の展示物があった。ヴィクトリア朝とはヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間のことである。先ほどのアール・デコよりもさらに古い時代の物だった。

ヴィクトリア朝の部屋に入った瞬間、さっきまでの不可思議な気分がハッキリとした不気味な気持ちに変わったのがわかった。私は少しずつ寒気と吐き気を感じたが、人の流れに逆らうわけにはいかず前に進んだ。いくつかの部屋があって、当時の人々の生活がわかりやすく再現されていた。

ある部屋の前で、寒気と吐き気が増した。青白い印象のその部屋の中にはきらびやかなベッドが窓の下にあり、左手には机があってその上にはホーロー製の洗面器とピッチャーが置いてあり、右手の壁には美しい鏡がかかっていた。

『展示品には触れないでください』という注意書きが目に入った。部屋の中は自由に立ち入ることができるようになっていた。私は不気味に感じているはずなのに、なぜかその部屋にスーッと引き込まれるように入っていった。右側だけに意識が集中した。日頃からアンティークの物に無闇やたらに手を触れたり、気を取られすぎることがないように気をつけているはずだった。しかし、右側の壁にかかっている鏡にどんどん近づいた。

その楕円の大きな鏡は、古くて鏡の表面が少しくもってはいたが豪華な縁取りが施されていた。私はなぜかその鏡に自分の体を向け、正面から覗いてしまった。覗くべきではないことは誰よりもわかっているはずなのに…。

一瞬時が止まったように感じた。

鏡の中に映った景色は、こちらの展示品とは違うもっと豪華な部屋だった。暖炉があったように記憶している。鏡の中に映ったその女性は青白い顔をしていた。その女性はソワソワした様子で部屋の中を左右に何度か動き回ってから、こちらに向かって歩いてきた。

「まずいっ、こっちに来る」

私は動けずにその鏡の中の女性の姿に釘付けになっていた。その女性は私には気がついていない様子で、鏡の前に立って自分の髪の毛を直していた。髪を綺麗に結ってきれいなドレスを着ている。豪華な調度品に囲まれているにも関わらず、心配そうな顔をして全然幸せそうには見えなかった。

次の瞬間、私たちの目が鏡越しにバッチリあった。私は背筋が凍ったと同時に、

「キャーッ」

思わず声をあげてしまった。その女性の声は聞こえなかったが、私と同じく驚いた顔をしていた。叫び声に驚いた周りの人たちが私の顔を不思議そうに見ていた。心臓がドキドキしていた。恐怖のあまり再び鏡に目をやるのは躊躇ちゅうちょしたが、思い切ってもう一度鏡の中を覗いた。

そこには私の姿と美術館の展示品の部屋が映っているだけだった。何度確かめてもその女性の姿は見当たらなかった。

あとがき

古い鏡に映る自分の顔は恐怖と疲れで強張っているように見えました。やはりアンティーク品とは慎重に向き合う必要があります。手を触れて妙なエネルギーをもらわないように例え気をつけていても、鏡を覗き込んでしまえばどんな不可思議なことが起こっても仕方ないことはよくわかっていました。

それなのに、私は「なぜ覗いてしまったのでしょう」

答えはわかりません。見てはいけないものを見てしまう時、触れてはいけないものに触れてしまう時、そんな時は自分の意思ではなく何か他の意思が働いているように感じます。誰かが座っているような気配がする椅子は本当に苦手ですが、鏡も同様に慎重に取り扱う必要があると思います。

いったいなぜ、あんな現象が起こったのか、今でも不思議に思います。

・あの女性側からはいったいどんな景色が見えていたのでしょうか。
・鏡の向こうには別の世界があるのでしょうか。
・向こうからは現代の私の姿が見えていたのでしょうか。
・あの女性が驚いたのは、私の驚く顔を見たからなのでしょうか。
・鏡に残っていた彼女の過去の記憶を何らかの形で私が見てしまったのでしょうか。

時が経った今でも疑問は解決しませんが、ただ幻想を見ていただけには思えないくらい私にはハッキリとした女性の動く姿が確かに見えたのです。彼女の悲しげな感情もしっかりと伝わってきました。

皆さんもアンティークの鏡にはくれぐれもお気をつけください。決して覗かない方がよいとわかっていても、なぜか覗いてしまうことがあるかもしれません。その鏡の向こうに見える景色は必ずしもあなたの次元と同じとは限らないと思います。

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Kitsune-Kaidan
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こちらのシリーズその1からその4(完)までございます。ぜひお読みください。


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