神経

神経#5238

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神経#5238

最近の記事

リチウムより

ただいま羽川 ニルヴァーナが好きだからリチウムみたいに名乗ったけど本当はほとんど知らなくて最近の芸人の永野に傾倒してるからその永野が好きなニルヴァーナのリチウムからとっただけなんだ羽川 数年前にね、一緒に小説とかエッセイとか執筆して遊んでた友達がいてその頃に村上龍のコインロッカーベイビーズを読んだんだよ羽川それまでほとんど本なんて読まなかったのにどハマりするように読んじゃってね、作風全体に漂う多分退廃的な空気感とそれを破壊しようというパワーがあるのが良かったんだと思うよ羽川

    • 檸檬と槌

       ソナチネを見て眠った翌日、高熱を出した。舞台である夏の沖縄からは程遠い年の瀬の裏日本、隙間風でガタガタと障子戸が鳴る寝室でのことだった。空調を切れば、室内にも関わらず息は白くなった。確かに人を揺さぶる映像ではあったが、環境のことを鑑みるとその衝撃によって免疫に不調を来したと言ってしまうのは、平熱を取り戻した今となっては少しばかり夢想的かと思う。しかし、熱にうなされているときは往々にして思考は飛躍してしまうようで、例に漏れずこの日の思考も飛躍していた。体温調節中枢にはたらきか

      • 舌の根のエバーグリーン

         そのとき、私は力について考えていた。  十数年来のその友人は、黒塗りのベンツを乗り回し、よく知った曲を全開の窓から大音量で垂れ流しながら、神奈川県S駅のロータリーに現れた。運転席を覗くと、彼は片手をハンドルに添えて首を傾げながら、ニヤニヤと愉快そうに笑っていた。高校卒業後にも連絡を取り合う数少ない友人の1人ではあったが、顔を合わせるのは3年ぶりくらいだった。ベンツは、親の庇護のもと5浪し、私立医学部入学祝いに買い与えられたものだと前に話していたのを思い出した。彼は未だアルバ

        • 漁師町にて

          ある日父親が一冊の本を手渡してきました。喪主の男は挨拶を済ませて、そう切り出した。 あれはたしか、遠い親戚の告別式だった。足を悪くした祖母のために車を出し、ついていく形で出席した。名前を聞いても、幼い頃に積み木をくれたというエピソードを聞いても、故人にはピンと来なかった。漁が盛んな島と聞き美味しい魚にありつけるかもしれない、と軽い気持ちで着いていったとかそんなことだったと思う。しかし、極寒のフェリーに乗る頃には、脂の乗ったブリなどより一刻も早く帰りたいと、そう思っていた。港

        リチウムより

          夢はひそかに

          google mapの案内通りに、指定された喫茶店へとやってきた。営業中と書かれたリースが下げられたドアに手をかける。丸いガラス窓越しに店内を覗くがそれらしい人物どころか客一人いない。iPhoneの液晶は予定時間の5分前を表示しているが、相手方からの連絡はない。悪ふざけのような話にも飛びつくしかないのは、俺がうだつの上がらないフリーの記者に成り下がってしまったからだ。とはいえ、今回はさすがに本当に時間の無駄だったかと溜息をついてドアを引き、店内へ足を踏み入れる。もう昼過ぎだと

          夢はひそかに

          無題

          怠そうに携帯を弄っている繁華街のメイド服、2人組のねずみ取り、路上に放置されたままの轢かれた猫。タクシーの窓から頬杖をつき見慣れた夜を眺めている。何もしない時間は好きではない。気を抜けば、年々肥大化した憂鬱との睨めっこが始まる。携帯がバイブレーションで通知を知らせる。顔も思い出せないキャバ嬢の営業ラインは、どことなく痛々しい。だが、そんな連絡にも僅かながら慰められる自分を見つける。また心に煤が溜まる。煤は巨大な闇となり憂鬱を栄養する。繁華街の喧騒を抜け、前方横断歩道をママチャ

          Delirium

           彼女と初めて話したのは、北海道にいる友人宅での留守番中でのことだった。通話アプリで適当に見繕ったどこにでもいる大学生の女といった風情で、特徴といえば地図を見るのが好きなことと、俺と同じく海が好きなことくらいだった。名前をツツジといった。  当時、俺は3年勤めた病院を辞めた直後だった。小さな鳥籠のようなコロナ病棟の殺伐とした勤務から逃れられ、ようやく羽を伸ばせるということで日本中の各地に旅行に行っていた。その時の関心ごとはといえば、旅の醍醐味を知りたいということだった。見たこ

          緩やかな去勢 虫の叫声

           愛液は、熱帯夜の汗のように中指に重たく纏わり付いた。煙草、煙草、と喘いでいた千秋は指を抜いた途端に私の腕を跳ねのけ、ローテーブルに肘をついてペタンと座り込んだ。スマートフォンを手に取り、電子タバコに口をつけて深く吸い込む。その光が少しだけ眩しく目を細める。指に付着した分泌物でシーツを汚さないようにしなくてはと、濡れていたはずの指を親指の腹で撫でて確認する。既に乾いていた。臭いはない。ウネウネと蠕動する膣の感触だけを指が記憶している。自分のものが萎えていくのが分かる。カーテン

          緩やかな去勢 虫の叫声

          2304XX

           朝の光と台所の炊事の音で目を覚ました。寝返りをうって、夢を見ていたことを思い出していた。誰かとともに博物館観光のため西洋風の建物の並ぶ地方都市を歩いていた。誰かとは、肉付きの良い背の低い女だった。俺と女は親密ではあるものの関係は冷めており、女の意識が俺に向くことは少なく俺は寂しく不安に思っていた。貴方はコミュニケーションを放棄している、と真剣な表情で訴えた彼女にヘラヘラとした表情で応えたことが関係を悪くした原因であることは分かっていた。  旅先で旧友であるキダケントと偶然会

          風のショーケース

           アパートを引き払い実家に帰るため、荷物の大部分を実家の自室へ運び込んだ。剣道の防具や竹刀、かさ張りそうな冬服とスーツを除くとニトリ規格のボックス3つに収めることができた。思い出のある本やゲーム、CDもあったが両手で持てる程度だけ残し、処分のため二束三文で売り払った。  再就職まで1ヶ月間の休暇を取ることに決めた。これといった目的は立てていないが、その方が健全な休暇と言えるのではないかと個人的には思う。強いて言うなら、仕事が忙しいことを理由に先送りしてきた考え事に取り掛かるた

          風のショーケース

          20201029

           マミとのデートの予定は連絡不精のおかげで泡のように消えた。まあ、お互いの性格を考えれば一回遊べただけでも上手くことが運んだろうなのではないだろうか。楽しみにしてたんだけどなあ。  夕方の公園のベンチに座っている。秋も深まり、毛糸のパーカーを着ていても少し肌寒い。小学生の8人くらいで男女入り乱れて遊んでいる。長袖の子もいるが、半袖半ズボンの元気ボーイもいる。鬼ごっこをして汗を流せば寒さなんか吹き飛ばせるんだろう。髪の長い女の子は毛先が地面に着くことをまるで気も留めず、低い鉄

          20201029

          スティル・アライブ!

           10年前のある夏の日、祖父に宛てた手紙を書いて、それを納棺した。内容は覚えていないが、感謝を込めたものだったと思う。物心ついた時から祖父はジェイ、祖母はバービィと呼ばれていた。2人とも純日本人で、本名はエイイチとリョウコである。ちなみに伯母はカクと呼ばれていた。おじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれることに抵抗を感じ、この愛称で呼ばれ始めたと聞いた。手紙の書き出しも多分「親愛なるジェイへ」とかそんな感じだった。手紙を書くというのは自分のにとって、ある種の儀式だった。死後は霊魂の

          スティル・アライブ!

          浅い眠り

          「私はねえ、銭湯が好きなんです。人がまわりにいる中で1人でいても、それがごく自然で。今日みたいに冷えた日は特に良い、でしょう?」自分と横並びに座る痩せた老人は、膝の先を見つめながら言う。褐色の肌に灰色の口髭が目につく。石苔のように顎に張り付いている。無口な男だった。俺に必要以上に気を遣わせまいと話しているのだと思った。男は色の褪せた紺のウィンドブレーカーを着込んでいる。深い皺の寄った口元に近づけた、左手指のタバコを上手く咥えられずにいる。きっと手が悴んでいるのだろう。冷たい風

          浅い眠り

          M-1レポート2022

           西陽は既に、部屋一体に強い陰影を作っている。レースのカーテンがフローリングに蔦を巻いている。蔦の届かない陰で、哲夫は小さな背中を丸めて、座り込んでいる。ゲームに夢中になっているのだろう。最近のポケモンは機械のように車輪で走るらしい。  愛はダイニングテーブルに項垂れていた。突っ伏した両腕に、ビニールのテーブルクロスの冷えた感触がする。スイングされた暖房の風が一定のリズムで頬を撫でる。哲夫のゲーム機が発する不明瞭な電子音。小さな部屋に不釣り合いな大きさのテレビが放映するCM。

          M-1レポート2022

          餃子好きな女は孤独を運ぶ

           参考書を捲る教室中の音が、森雄一の丸まった背中にしんしんと積もっていく。米沢操も、単語帳をめくりそれを目だけで追っている。宮崎航はそれらをまるで意に介さずヘラヘラと笑い、イチゴジャムパンをどこからか持ち出した1リットル紙パックの牛乳で流し込んでいる。森雄一はシーチキンマヨネーズのおにぎりを一口齧る。上顎に乾いた海苔がピタッと引っ付く。水を口に含む。正面のホワイトボードには、英語13:00~14:30、と書いている。 「今までに食べたものの中で一番おいしかったのって、なに?」

          餃子好きな女は孤独を運ぶ

          紫煙の鰻

           大輝は背中を少しだけ丸めて、小さなため息を吐いた。大輝のため息は今日だけで何度目かだった。しかし、有希は大輝に苛立ちや失望するようなことはなかった。2人だけなら落ち込んでいる時にはとことん落ち込むという、この夫婦の間での取り決めごとがあったからだ。とはいえ、大輝のその姿を、白紙のままの宿題を片手に、登校を強いられている子供のように有希は思った。  大輝の背の、黒いナイロンのリュックには、つい30分前に受け取った不妊治療経過報告書が入っている。それこそが「白紙のままの宿題」の

          紫煙の鰻