広瀬いくと(木俣はようやっとる)

中日ファン。 『中日新聞+』にて「発掘!B面ドラゴンズ史」連載中 https://p…

広瀬いくと(木俣はようやっとる)

中日ファン。 『中日新聞+』にて「発掘!B面ドラゴンズ史」連載中 https://plus.chunichi.co.jp/blog/hirose/ 『Re:minder』にて不定期掲載 https://reminder.top/profile/5731445468/?t=3

最近の記事

勝負の仙

「今日は勝負よ。仙でいく」  雨天中止から一夜明けた甲子園。普段は慎重派でめったに強気を表に出さない与那嶺監督だが、この日は並々ならぬ闘志を隠そうともしなかった。約一ヶ月ぶりに星野仙一の先発復帰に踏み切ったのも、この一戦を前半戦最後のヤマ場と捉えているからに他ならない。  これ以上負けられない阪神は江夏豊を先発に立てた。いわゆるエース対決だが、中日ベンチには臆するような雰囲気はいっさい無かった。 「おい江夏だ、カモが来たぜ」。メンバー交換から戻った井上コーチの言葉に「よ

    • 雨天決行

       甲子園球場に大粒の雨が降りだしたのは試合開始まであと約1時間という頃だった。中止と決めこんでいた三塁ベンチの中日ナインにはすっかりお気楽ムードが漂い、星野仙に至っては「さあ、みんな引き揚げようぜ!」と帰り支度まで済ませていた。  しかし、どれだけ雨脚が強くなっても「中止」の決定が出ない。そうこうするうちに阪神の戸沢球団社長が直々に内野グラウンドの状態を点検。その後、審判団から正式に「決行」のアナウンスがあった。  中止するか否かの判断は主催者側に委ねられる。つまり雨天決

      • 無我無心の境地

         日本列島の梅雨明けより一足早く明るい兆しが見え始めた中日。とりわけ阪神古沢を「あと一人」から沈め、翌日には若生をたった19球でノックアウトした打線の好調ぶりには目を見張るものがある。この勢いで一気にペナントレースの主導権を奪いたいところだったが、30日の阪神戦、2日のヤクルト戦と2試合つづけての雨天中止は文字通り水をさされた感がある。  何しろ “打線は水もの” という言い伝えがあるくらいだから、調子がいい時にできるだけ試合を消化しておきたかった。 「阪神は喜んでいるだ

        • 夢のつづき

           この日の中日球場は観衆3万5千人、今季三度目の満員御礼にふくれ上がった。朝の時点で内野席5千枚、外野席1万3千枚が残っていた当日券もたちまち完売となった。前夜の勝利がいかに多くのファンの胸を打つものであったか、球場外のチケット販売所にできた長蛇の列がそれを物語っていた。  この上昇ムードを逃す手はあるまい。ここで負ければ阪神の優位は保たれ、再び独走を許すことになる。中日はハーラートップの松本幸行で連勝し、じりじりとゲーム差を縮めたいところだ。  一方の阪神は必勝を期して

          中日球場の奇跡

           5.5ゲーム差で迎えた首位阪神と2位中日の直接対決。ただし、その意味合いは両軍にとって大きく異なる。直近4勝1敗と好調を維持し、着々と土台を固めつつある阪神。かたや中日は目下3連敗中となかなか波に乗ることができず、Bクラス転落の危機が間近に迫っている。  首位攻防とは名ばかりで、実質的に中日はペナントレースから脱落するかどうかの瀬戸際に立たされているのだ。  前の試合では高木守が痛恨の2失策を演じて大洋に不覚をとった。「つまらんエラーをやってねぇ」。二日経っても高木守の

          名手の不覚

           観客を沸かせるプレーも土台には反復練習がある。華やかな舞台で大歓声とスポットライトを浴びるプロ野球選手も、裏では地味で面白みのない練習を朝から晩まで気が遠くなるほど繰り返す。何千、何万回と、失敗しようがないほど徹底的に体に染み込ませるのだ。  名手と評される中日の二塁手、高木守道が “練習の虫” であることは有名だ。代名詞のバックトスも、やはり反復練習の末に身につけた名人芸だという。そんな彼でさえ咄嗟の瞬間に思わぬミスを犯すことはある。  この夜がそうだった。初回、中日

          ヒーローになり損ねた男

          「もらったチャンスだもんね。一発出てりゃ楽勝だったからね」。試合後、大洋宮崎監督が振り返ったのは8回裏の自軍の攻撃のことだ。  大洋が2点リードで迎えたこのイニング、ここまで11安打4失点と調子の悪い松本幸行は投球だけではなくフィールディングでも精彩を欠いた。7回にバントの処理ミスがきっかけで失点したのに続き、ここでもバントを一塁へ高投。さらにワイルドピッチ、四球で無死満塁のピンチを招くと、さすがにベンチも交代に動かざるを得なかった。  ここで火消しに現れたのが渡部司であ

          別人になった金城

           軍隊にとっての上官命令と同じように、プロ野球の世界において監督の指示は絶対だと考えられている。監督が審判に「交代」を告げるためにベンチから腰を上げれば、たとえ不本意であっても選手はそれに従うしかない。そこに選手の意志が介在する余地は本来あり得ないのだ。  しかしこの日、谷沢健一は交代を拒んだ。8回の守りに入る前、交代を打診した与那嶺監督に「まだ行けます」と言ってポジションへと向かったのだ。右足アキレス腱の具合は芳しくなく、先の巨人戦で痛めた右手首も治っていない。谷沢の体調

          バント屋の殊勲打

           通常、先発投手は何日も前に登板を言い渡され、その日に向けて入念な調整をおこなうものだ。だが時として例外もある。本来予定していた投手が何らかの事情で投げられなくなった場合がそれに当たる。この日の先発、三沢淳も登板を告げられたのは前夜のことだったという。 「実はきのう夜、時さん(高木時夫コーチ)から電話で言われました。昼間にパチンコなんかしていたものだから捕まらなかったそうです。だって登板はあした(23日)の予定だったもの」  当初は稲葉の先発予定だったが、なんらかの事情が

          打つ手は打った

          「打つ手は打ってうまくいかなかったのだからしようがないよ」。試合後、5分こもった後に監督室から現れた与那嶺監督は、自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。  笛吹けど踊らず。野球の監督をやっていればこんなことは日常茶飯事に違いないが、それにしてもここまで極端な日もめずらしい。スコアだけ見れば4対4の引き分けだから、そう目くじらを立てるほどのことではないのかもしれない。序盤の2点リードを追い付かれるのだって、言ってしまえばよくあることだ。  したがって与那嶺監督の嘆きを知る

          若き千両役者

           この日、公式戦では初めて「1番サード」でスタメンに入った長島はいつも以上に元気だった。 「僕の野球人生で1番はファーストタイム。ハッスル、ハッスル」と力こぶを作るパフォーマンスで沸かせると、試合前に自分と同じ三塁を守る大島康徳に「今日は行くぞ!」と気合いをかけたりもした。もちろんこれは自分自身を鼓舞するための言葉だったはずだが、23歳の若武者が憧れのミスタージャイアンツの “激励” に感化されないはずがない。  大島は大島で目の前のことに必死の毎日が続いている。2年連続

          投の松本、打の高木守

          「あぁ、疲れた」。試合後、そう言って冷水機の水をうまそうに飲む松本幸行に疲れた様子など微塵もなく、むしろ余力十分という感じでもあった。 「初めからやったろうと思っていたさ。でも暑くて体がえらくてダラダラ投げたよ」ーーわずか100球、スイスイと最後まで投げた松本の出来は、あるいは今季最高だったと言えるかもしれない。  広島球場では昨年来、チームでこの松本しか勝てていなかったが、昨日ようやく三沢があとに続いた。その三沢も終盤はスタミナ切れを起こし、相手の拙攻に助けられながらの完

          孝行者

           この日、広島球場は熱気にあふれていた。ここ最近、カープの星どりは4勝1敗。1.0ゲーム差に迫る中日との直接対決に勝てば、順位が入れ替わりAクラス浮上という重要な一戦である。このカードには珍しく1万5千人の観衆が詰めかけ、スタンドは内外野がびっしり埋まっていた。もちろんその大半がカープの勝利を願って訪れた熱狂的な地元ファンだ。  しかも広島の先発は中日キラーの金城である。つい先週、福井のゲームでは10安打を打ちながら完封を許した難敵。かたや三沢は衣笠に通算150本塁打を献上

          ノスタルジア

           試合前のあわただしいベンチ裏、巨人の選手サロンは一種異様な空気につつまれていた。普段なら食事のあとのミーティングが始まる時間。しかしこの日は様相が違っていた。幹部室に入ったきりの川上監督と長島茂雄ーー。重苦しい時間が流れる中、言葉には出さずともそれが何を意味するのかは誰しもが理解していた。  やがて試合が近づき、この日のスタメンがスコアボードに掲示される。1番柴田、2番上田、3番末次、4番王……栄光の巨人軍を彩るプレーヤーが順に読み上げられるにつれ、本来そこにあるべき名前

          一文無しからのスタート

           勝率五割に逆戻りした中日にまたしてもアクシデントが襲った。雨でゲームが流れた11日、遠征先の東京で渋谷が腰骨の鈍痛を訴えたのだ。病院で診察を受けた結果、レントゲン撮影などでも特段の異常はなく “筋肉痛” と診断されたという。しかし近藤コーチは「無理をさせてもいい結果は絶対に出ない」と渋谷を名古屋に帰すことを決断。巨人戦は渋谷ぬきで戦うことになった。 「それにしても、どうしてこう次々悪いことが重なるかね」。近藤コーチが嘆くのも無理はない。渋谷は1日に投げて以来、この巨人戦を

          振り向けば最下位

          「どうなっとるんじゃ、しっかりせんか!」。年に一度の北陸遠征を楽しみにきた地元のファンから浴びせられる容赦ない罵声。怒りの矛先は一塁側の中日ベンチに向けられていた。  この地域は中日新聞販売圏である土地柄、中日ファンが多いことで知られる。当然、球場を埋めた1万5千人の観客の大半が中日の勝利を信じて足を運んだはずである。それがいざ蓋を開けてみれば、2試合とも見せ場らしい見せ場もなく広島にいいようにやられたのだから、失望するのも宜(むべ)なるかな。澄み渡る北陸路の空の下、なんと