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投の松本、打の高木守

「あぁ、疲れた」。試合後、そう言って冷水機の水をうまそうに飲む松本幸行に疲れた様子など微塵もなく、むしろ余力十分という感じでもあった。
「初めからやったろうと思っていたさ。でも暑くて体がえらくてダラダラ投げたよ」ーーわずか100球、スイスイと最後まで投げた松本の出来は、あるいは今季最高だったと言えるかもしれない。

 広島球場では昨年来、チームでこの松本しか勝てていなかったが、昨日ようやく三沢があとに続いた。その三沢も終盤はスタミナ切れを起こし、相手の拙攻に助けられながらの完封だった。近藤コーチが「広島球場のカープは巨人の強さに匹敵する」と語るように、この球場で勝つのは容易なことではないのだ。

 しかしこの日の松本はいとも簡単に広島打線を捻った。勝ったあとは口数が多く、そして軽くなるのは松本の特徴であるが、「なんでこう勝つのかわからない。調子は昨年と同じだがね。頭がよくなったのかな」なんて冗談を言って報道陣を笑わせるくらいだから、相当余裕があったのだろう。

 なにしろ今季初の無四球での完投である。10勝到達は両リーグ一番乗り。「投げるのがおもしろい。20勝なんて大それたことは考えないが、とにかくこう勝つと毎日が楽しいね」と、いつもに増して上機嫌になるのも当然のこと。このまま本当に “20勝” をやってのけそうな勢いですらある。

 投のヒーローが松本なら、野手のヒーローは高木守道だ。初回、広島の白石から淡々と四球を選んで出塁。2番井上の左前ライナーをレフト水谷が突っ込んで転倒し、後ろへ逸らす間にすかさず三塁を陥れた。ここまでは特段変わったことはないが、目を見張ったのはこのあとだ。

 水谷がショート三村に送った山なりの返球を横目に見るや、一瞬のスキを逃さず高木守はためらうことなく本塁へ駆け込んだのだ。驚いたように三村が振り向いたときには既に遅し。目にも止まらぬ速さで生還し、中日に先制点をもたらしたのであった。

「うーん、モリミチは頭の後ろにも目が付いてるんじゃないの」。関係者席でゲームを観戦していた土屋球団総務が驚いたのもムリはない。

 このとき三塁ベースコーチは腕を回しておらず、突っ込んだのは高木守の独断だった。「三塁を回るとき、外野の返球を見て “いける” と思った。コーチの指示より、あの場合は自分の判断の方がいい」ーーこれがプロ15年目、大ベテランの経験と勘である。今季の高木守は数字にこそ表れないが、チームを渋く勝利に導く好走塁を随所にみせている。その技術たるや達人の域。

 ただ、そうした渋好みのプレーだけが高木守の魅力ではない。2回には二番手安仁屋から昨日の先頭打者アーチにつづく2戦連発となる中押しの2ランを放ち、松本を強力援護。バットでも派手な活躍をみせ、敵地連勝に大きく貢献したのである。

「松本は打者に信頼感がある。松本なら打てば勝てるというムードが野手の間にあるのだと思う」。そう話すのは近藤コーチだ。一方、その松本は「モリミチさんは頼りになる」と大先輩に全幅の信頼を置く。この理想的な関係があるから、松本が投げる日には高木守が走攻守に活躍するケースが多いのだろう。

 ゲームは中日がその後も手を緩めず、谷沢の2ラン、松本の犠飛、さらに相手のエラー絡みで計8得点と中盤までに勝負がついた。ウソかまことか松本自身は5回程度で降板するつもりだったようだが、「みんなが点を取りすぎてくれたので最後まで投げちゃった」とあいかわらずの茶目っけ。

 しまいには「さあ、もういいだろう。ビールが待っている」ときた。プレイボールから試合後インタビューに至るまで、人を食ったような “松本劇場” が開演しっぱなしの一日であった。

広1-8中
(1974.6.16)

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