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振り向けば最下位

「どうなっとるんじゃ、しっかりせんか!」。年に一度の北陸遠征を楽しみにきた地元のファンから浴びせられる容赦ない罵声。怒りの矛先は一塁側の中日ベンチに向けられていた。

 この地域は中日新聞販売圏である土地柄、中日ファンが多いことで知られる。当然、球場を埋めた1万5千人の観客の大半が中日の勝利を信じて足を運んだはずである。それがいざ蓋を開けてみれば、2試合とも見せ場らしい見せ場もなく広島にいいようにやられたのだから、失望するのも宜(むべ)なるかな。澄み渡る北陸路の空の下、なんとも陰鬱な日曜日を過ごすことになった地元ファンが不憫でならない。

 第一試合、先発三沢の調子は決して悪くなかった。むしろ急性胃腸炎で数日前まで病床に臥せっていたとは思えぬほど状態はよかった。3回に山本浩の2ランで先制こそ許したが、それ以降はヒットすら打たせず、6回には井上のタイムリー、マーチンの2ランで逆転に成功。勝利まであと2イニングというところまで漕ぎつけていた。

 本来ならここで星野仙を使いたかったが、あいにく前日4イニング以上を投げたためこの日は休養日。他にめぼしい抑え役もみあたらず、やむなく三沢続投の判断を下したのが裏目に出た。

 8回、先頭山本一のポテンヒットとボーク、山本浩を2-0から歩かせたことで1死一、二塁のピンチを迎える。打席の衣笠は通算150号に王手をかけており、あきらかに一発を狙っていた。三塁側スタンドの私設応援団から「ホームラン、ホームラン」の声援が飛ぶ中、衣笠がゆっくりと構えに入る。初球はファウル。2、3球目を見逃してカウント1-2のバッティングカウント。

 4球目、三沢が投じた渾身のストレートを衣笠が鋭いスイングで捉えると、打球は左に流されながらもグングンと伸び、レフトポール際ギリギリに飛び込んだ。ヘルメットを脱ぎ万歳しながらベースを一周する衣笠と、ガックリと肩を落とす三沢。たった一球で明暗が分かれてしまうから野球は怖い。

①中3-6広

*   *   *

 逆転負けのショックを引きずったまま第二試合のプレーボールがかかった。マウンドに上がったのは慣れない仕草が初々しい背番号29、鈴木孝政であった。2年目の今年は二軍で二桁奪三振や完投を連発し評価をあげているが、一軍では打ち込まれることも少なくない。いわば修行中の若手にゲームを託さねばならないほど中日の投手陣は困窮しきっているのだ。

 プロ初先発の記念すべき初球、おそらく鈴木はこの瞬間を一生忘れることはないだろう。「思いきって投げたら、いきなりガツンですからね。頭に来ちゃいますよ」。洗礼にしてもあまりに強烈な水谷の先頭打者アーチ。鼻っ柱を折られるとはまさにこれだ。いくら速球に自信があるとはいえ、真ん中高めに投げれば打たれるのが一軍というものだ。

 4回には第一試合で記念碑を建て、気をよくしている衣笠に通算151号目を献上した。これで衣笠は王、田淵を抜いて本塁打リーグ単独トップに躍り出た。今の衣笠にとって若造の投げるカーブを打つなど他愛もないことだったろう。結局鈴木の先発デビューは4回3失点という苦い結果に終わった。投手陣の救世主を期待するには荷が重すぎたか。

 ダブルヘッダーに連敗した中日は最大8つあった貯金を使い果たし、開幕まもない4月10日以来の勝率五割に逆戻りとなった。振り向けば首位(5.0差)よりも最下位(3.5差)のほうが近づいている。リーグワーストの防御率4.17という投手陣を抱え、今後どう戦っていくのか。

「うまくいかないね」ーー消え入るような声でつぶやいた与那嶺監督の顔は今にも泣き出しそうだった。

②中0-3広

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