マガジンのカバー画像

小説

86
短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
運営しているクリエイター

2021年3月の記事一覧

第七龍泉丸の素晴らしき航海

第七龍泉丸の素晴らしき航海

 その日、船内にて舵取りを任された三嶋某。彼が船舶免許を持ち合わせない、未熟船乗りだという事は皆が知るところであったものの、荒れゆく大波の中を物の見事に揺れ動かせてみせた若き船乗りに、批判的な声を上げる者は一人としていなかった。

 和歌山湾より東回り、三嶋にとっては初めての遠方航海となった。幼少期より学問の端から端までを忌み嫌っていた青年にとって、天職だろうと始める前から考えていた船乗りという仕

もっとみる
忌々しきトロイカ

忌々しきトロイカ

 ひとつ仕事を終わらせた後、珍しくも休日の昼間から酔いどれの街を目指す私の歩み。普段なにかを拒絶し、数少ない誇りを拾い続けて来た脳裏のトロイカ。さては、また私の歩幅を狂わせるべく、言い争いをしている訳ではあるまいな。彼等に主導されてきた人生というのは、実に楽しいものであった。私は常々、そのような他人任せにも見える楽観的思考を浮かべて、それが自らとの乖離を認める段階まできたときには、盲目、沈黙の酔っ

もっとみる
彼女は、秋に生まれた

彼女は、秋に生まれた

 まだ物心もつかない幼少期の頃、岡山の東端にある祖父の家にて、静かなる秋を過ごしたのだった。地元の港町より冷え込む朝方、裏庭は小さな池があったが、私が生まれるずっと以前から水は枯れてしまい、池を枠取った岩や木々が虚しくも佇む表情というものを、僅か五歳の少年が縁側から飽きもせずにただ眺めていた。

 私がかねてより望んでいた妹の誕生、そんな生のなんたるかを理解出来もしない子供においても、新たな家族の

もっとみる
真夜中の凡才

真夜中の凡才

 緊急の着信が鳴ったとき、私は社内の喫煙所にて一服の最中だった。普段となんら変わらない着信音にしては、何故だかこちらを焦らす様な、そんな気概を感じさせたのだ。
 全面鏡張りの部屋から見る東京の街は、私が吐いた煙に塗れながらも活動を続けていた。恐らく、我々が癌に侵されるまで延々とタバコの煙を吐いたとしても、彼等は動き、眠らず、そして不眠不休のままに太陽の光を浴びて、大都会の名に恥じない働きを見せるの

もっとみる