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  • プレキシ、謎めいたまま

記事一覧

 そこには人の手には負えない怪物のような存在が囚われていたのだと思う、突然照明が落ちて、赤い回転灯がくるくると回りながら光り輝き、サイレンが鳴り響くと、僕は恐怖…

keshimelas
1年前

プレキシ、謎めいたまま[15]

 この後、僕はサクラとのことについて書くつもりだったのだけれど、ヒルについて書くことに比べて、サクラとのことはあまりにも、……そう、どういう言葉が、……適当なの…

keshimelas
2年前

閉じた心としての城:シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』

 この正月休みに、シャーリィ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』(創元推理文庫)を読んだ。  私は、ミステリーを上手く読めない人間で、あっと驚くトリックとか…

keshimelas
2年前

プレキシ、謎めいたまま[14]

「リューリューとご飯いくの?」 「いや、……」 「え? なんで?」  サクラにそう聞かれて、僕はほんとうに本当はリューリューとこれから卒業を祝ってご飯でも食べにい…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[13]

 僕は中学から、隣町の高校に進学することになっていた、……単に〈隣町〉と書くだけで一体何が伝わるというのか? 何も伝わらない。僕の家から高校に通うのに、まず自転…

keshimelas
3年前
1

プレキシ、謎めいたまま[12]

 僕は、どうしてその時僕が、教師から受け取った原稿をすぐに投函しなかったのか説明しようと思って、Aのことを書こうとした。そして実際に何度か書いてみたのだけれど、…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[11]

 書くこと、そのなかでも特に虚構の世界について書くことは、人間のしうる営みのなかでも最も外縁に近い辺境に位置する(もちろん、中心には殺しと夜がある)。書くことが…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[10]

 ヒルは渡したものを十日で読んできて、昼休み、封筒に入れた僕の原稿を僕の机の上において返しながら、「上手だね」と言った。「よかったよ。売ってる本みたいな文章だっ…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[9]

 放課後、ヒルは僕の席まで来ると、怒っているような低い声で僕についてくるように言った。  僕たちは校舎の裏手に回って、ヒルと花の種を蒔いたことのあるあの石造りの…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[8]

 もちろん先生は〈発情〉なんてしていなくて、せっかく他所からお客さんがきたから、なにか楽しいことをして喜ばせたいと考えたのだろうし、自分があまり授業に横着してい…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[51]

「後悔しているの?」とウイは僕に聞いた。「後悔なんてしちゃだめだよ。後悔っていうのは、ーーピュアに気持ちの問題だからね。自分の決めたことでどんな結果になったとし…

keshimelas
3年前
2

プレキシ、謎めいたまま[7]

 僕は中学一年からずっと国語を選択していて、ずっと一つの小説を書いていた。……選択国語を担当しているのは全部同じ教師で、よく言えば生徒の自主性を最大限尊重してお…

keshimelas
3年前
2

プレキシ、謎めいたまま[6]

 しかし、僕は特別彼女と仲が良いわけでもなかったし、そんなこと突然聞いてみるわけにもいかなかったから、僕は中間の段階としてもっと彼女と仲良くならなければならない…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[5]

 なぜなら本当の祈りというのは、アウグスティヌスの祈りがそうだったように、あらゆる不在の痕跡に囲まれて、なお存在している可能性へと宛てられるものであるだろうから…

keshimelas
3年前
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プレキシ、謎めいたまま[4]

 でも本当に、転校生は、世界の終わりの鐘の音全てを背負っているみたいな顔をして新しい学校に……あるいは、古い学校に戻ってくるべきではない。彼女はそういう表情と、…

keshimelas
3年前
3

プレキシ、謎めいたまま[3]

 そもそも、同一の女の子に四回も告白してしまうような男には、どこかしら〈犯罪的〉なところがあると言わなくてはいけないのではないだろうか? 僕は彼女に袖にされるた…

keshimelas
3年前
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 そこには人の手には負えない怪物のような存在が囚われていたのだと思う、突然照明が落ちて、赤い回転灯がくるくると回りながら光り輝き、サイレンが鳴り響くと、僕は恐怖した。逃れることのできない恐怖そのものが僕のすぐ真後ろまで迫ってきていることがわかったからだ。
 まさにその時、僕は実際にその場にいたのだろうか? よくわからない。もしかしたら妄想かもしれない。前後の記憶がまるでないからだ。一度も辞書で引い

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プレキシ、謎めいたまま[15]

 この後、僕はサクラとのことについて書くつもりだったのだけれど、ヒルについて書くことに比べて、サクラとのことはあまりにも、……そう、どういう言葉が、……適当なのか? 

 重要度が低い?

 サクラが今どこで何をしているか、僕は知らない。でもサクラはすごく俗っぽくて、本と、本を読むことの両者をエンターテイメントとして楽しんでそれに何の反省もない女の子だったから、そういう性行が今も変わらないなら、…

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閉じた心としての城:シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』

 この正月休みに、シャーリィ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』(創元推理文庫)を読んだ。

 私は、ミステリーを上手く読めない人間で、あっと驚くトリックとか驚異の大どんでん返しとかそういう類のものは、どこか人工的で、白々しく感じられてしまう。私が文学に求めているものは多分、書くことのなかに現れる、人間の心の闇や謎であって、――ここでとりあえず〈心の闇や謎〉と書いたものは、普通に言われるところ

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プレキシ、謎めいたまま[14]

「リューリューとご飯いくの?」
「いや、……」
「え? なんで?」
 サクラにそう聞かれて、僕はほんとうに本当はリューリューとこれから卒業を祝ってご飯でも食べにいく道義的必要があるのに、どうしてそうしないんだろうという気分になった。僕は僕自身のことがよくわからなかった。今すぐヒルを探すのをやめて、リューリューのところにいくべきである気がした。彼は、僕が近づいてきたのを見るなり、飯行くからニシノもこ

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プレキシ、謎めいたまま[13]

 僕は中学から、隣町の高校に進学することになっていた、……単に〈隣町〉と書くだけで一体何が伝わるというのか? 何も伝わらない。僕の家から高校に通うのに、まず自転車で最寄りの駅まで行って、それから電車に乗り、途中一回降りて乗り換えて、やっと〈隣町〉の駅まで着くことができた。でもそれは駅であって僕の通う高校ではない。僕はそこからまた自転車(つまり、別の自転車)に乗って高校まで行かなくてはならなかった。

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プレキシ、謎めいたまま[12]

 僕は、どうしてその時僕が、教師から受け取った原稿をすぐに投函しなかったのか説明しようと思って、Aのことを書こうとした。そして実際に何度か書いてみたのだけれど、全く気に入らなかったので、いっそ書かないことにしようと思う。あるいはここに三行で書いて済ませてしまってもいいかもしれない。つまり、Aは僕の母の再婚相手で、僕の原稿は僕が無防備にもリビングのテーブルに置いていて彼に見つかってしまったので穢れて

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プレキシ、謎めいたまま[11]

 書くこと、そのなかでも特に虚構の世界について書くことは、人間のしうる営みのなかでも最も外縁に近い辺境に位置する(もちろん、中心には殺しと夜がある)。書くことが僕にもたらしたことは、実質的には、ほんの少しもない。書くことは僕にヒルをもたらさなかった。それでも僕が書き続けているのは、……どうしてなのだろう、救われるかもしれないから? でもこれは僕が望んだ辺境ではないかもしれない。……僕にはそんなふう

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プレキシ、謎めいたまま[10]

 ヒルは渡したものを十日で読んできて、昼休み、封筒に入れた僕の原稿を僕の机の上において返しながら、「上手だね」と言った。「よかったよ。売ってる本みたいな文章だった。……ニシノくんは、小説家になるの?」
「別に、そういうつもりはないけど」
「なってよ。なってほしいな」ヒルは、誰にも聞かれないようにひどく小さな声で、そう言った。「かっこいいじゃん」
 僕は今まで、職業的作家になりたいと思ったことはなか

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プレキシ、謎めいたまま[9]

 放課後、ヒルは僕の席まで来ると、怒っているような低い声で僕についてくるように言った。
 僕たちは校舎の裏手に回って、ヒルと花の種を蒔いたことのあるあの石造りの花壇まできた。ヒルはいつもの緑のじょうろを下げていた、ーーただ、そこにまだ水を汲んでいなかったのを、僕は知っていた。ヒルは花壇のなかにいつのまにか色とりどりに植わっている種々の花を見ながら、
「恋人になるってどういう意味?」
 と僕に聞いた

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プレキシ、謎めいたまま[8]

 もちろん先生は〈発情〉なんてしていなくて、せっかく他所からお客さんがきたから、なにか楽しいことをして喜ばせたいと考えたのだろうし、自分があまり授業に横着しているところを見せて、次のクラスで他の先生に密告されたら迷惑だと考えたのかもしれない。あるいは本当に発情していた可能性もなくはない。したいという欲望と、見たいという欲望は、ひとつの本能からあらわれる別個に強力なふたつの衝動である。彼はその日どう

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プレキシ、謎めいたまま[51]

「後悔しているの?」とウイは僕に聞いた。「後悔なんてしちゃだめだよ。後悔っていうのは、ーーピュアに気持ちの問題だからね。自分の決めたことでどんな結果になったとしても、……後悔はしちゃだめ。どんなことだって賭けなんだから。賭けに負けたからって、後悔なんてしないの。現実逃避じゃなくて、ーー後悔は、ほんとうに気持ちの問題なんだから」

 僕は後悔していたというよりも、今、自分の身に起こったことが、上手く

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プレキシ、謎めいたまま[7]

 僕は中学一年からずっと国語を選択していて、ずっと一つの小説を書いていた。……選択国語を担当しているのは全部同じ教師で、よく言えば生徒の自主性を最大限尊重しており、悪く言えばまったくやる気がなかった。彼は選択科目のコマのうちその半分しか授業をしなかったし、授業がある日でも彼が何か話したりするのは授業時間の半分しかなく、残りは〈制作〉という名前の体のいい自習時間だった。僕が初めて彼の授業を受けたとき

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プレキシ、謎めいたまま[6]

 しかし、僕は特別彼女と仲が良いわけでもなかったし、そんなこと突然聞いてみるわけにもいかなかったから、僕は中間の段階としてもっと彼女と仲良くならなければならないと思っていた。ある放課後、たまたま校舎裏の花壇にひとりで水やりをしている彼女を見つけた。彼女は緑色のプラスチックでできた大きなじょうろを右手で持って、肩から振り子のように振りながら石積みの花壇全体に水を撒いていたが、僕がみる限り花壇には特に

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プレキシ、謎めいたまま[5]

 なぜなら本当の祈りというのは、アウグスティヌスの祈りがそうだったように、あらゆる不在の痕跡に囲まれて、なお存在している可能性へと宛てられるものであるだろうから、(……彼女自身の心それ自体が、自分にとって神さまなどいないということを重々承知のうえで、本を読んで何かを感じたり、考えたりして、すがるような気持ちになったのなら)……殉教者の祈りが本当に純粋なものになるのは、くべられた火が彼の最後の神経を

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プレキシ、謎めいたまま[4]

 でも本当に、転校生は、世界の終わりの鐘の音全てを背負っているみたいな顔をして新しい学校に……あるいは、古い学校に戻ってくるべきではない。彼女はそういう表情と、何かを訴えるような渇いた目差と、猫背と、歪んだ歩き方で自分の背負っている世界一般的な不幸(本当に十四歳というのは世界一般的な不幸を各々背負っているのだが)を僕達に示して、僕というファナティックなフォロワーをたった一人得た代わりに、三十人のア

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プレキシ、謎めいたまま[3]

 そもそも、同一の女の子に四回も告白してしまうような男には、どこかしら〈犯罪的〉なところがあると言わなくてはいけないのではないだろうか? 僕は彼女に袖にされるたび、「もうどうなってもいい」というありきたりな落胆を感じて、放火窃盗殺人その他の刑事上の罪が、少しずつ、可能性として、僕へと近づいてくるように感じていた……。僕がすぐ、それらの罪を犯す現実的な可能性があったわけではないが、もし、ほんとうにそ

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