プレキシ、謎めいたまま[6]

 しかし、僕は特別彼女と仲が良いわけでもなかったし、そんなこと突然聞いてみるわけにもいかなかったから、僕は中間の段階としてもっと彼女と仲良くならなければならないと思っていた。ある放課後、たまたま校舎裏の花壇にひとりで水やりをしている彼女を見つけた。彼女は緑色のプラスチックでできた大きなじょうろを右手で持って、肩から振り子のように振りながら石積みの花壇全体に水を撒いていたが、僕がみる限り花壇には特になにも植っていなくてせいぜい名前もわからない雑草ばかりだった。……僕は、まだ見えていないだけでほんとうはなにか目的物が花壇には植えられているのではないかと思って、近づいていった。……ヒルは近づいてくるひとの物音に気づくと、手を振るのをやめて振り返った。指揮は終わったが、彼女はじょうろを下げたままだったので、流れ出ていく水は止まらないでそのまま土に泡立って汚れた水溜りを作った。
「それはなにに水をあげてるの?」と僕は聞いた。
「……しらない」とヒルは答えた。「水をあげてって頼まれたから、やってるだけ。……なにか、種かなにかが、埋まってるんだと思うけど」
「そうなんだ」
 僕は水でびしゃびしゃになった花壇の土を見つめたが、ヒルの言う種も、種が埋められたらしい痕跡も、見つけることができなかった。ヒルはじょうろを水平にして両手で持った。水の流れが止まった。
「誰に頼まれたの?」
 ヒルはしばらく、じょうろを何かの供物のように、自分の腹の前に捧げ持っていたが、横を向いたまま僕に「忘れちゃった」と答え、そのままどこかにいなくなってしまった。

 それから僕は時々ヒルが水をやっていた校舎裏の荒れ果てた花壇に寄って、何かが芽吹くのかどうか、確かめていた。二週間かそれくらいしたあと、僕が花壇の周りをゆっくり一周している間に、いつの間にかヒルが僕の後ろについて静かに歩いていた。
「好きなの植えていいって」と言って、ヒルは僕の前に、小分けの封筒みたいな紙袋に入った花の種を何種類か差し出した。カスミソウ、コスモス、ニチニチソウ、……。
「この前の種は?」
「だって、出てこないから。だめだったんだよ」
 それから僕たちは(彼女の持っていた種の袋のなかで一番上に重ねてあった)カスミソウの種を花壇にまいた。彼女は半分ずつふたりでわけた種を、右手と左手にもう一度半分に分け、右手で自分の左へ投げ、その後左手で自分の右へ投げた。僕は手で土に凹みをつくり、種を二、三粒置いて、そこに土を被せていたが、彼女がたった二回の仕事ですべて済ませてしまったのを見て、残りを、花壇の残りの領域に、彼女の仕方にならって放り投げた。ヒルは種のまかれた花壇の様子をじっと見つめていた。
「水をあげておく?」
「いらないんじゃない」とヒルは言った。

 そのあと、僕は花壇に通うのをしばらく忘れていたが、数週間後、青青した草の茎がまっすぐ伸びているのを学校の二階の渡り廊下から見つけた。ヒルの種を投げた痕跡が、二つの交差する細長い扇形になって、花壇の黒い土の上に緑色の模様を作っていた。僕が撒いた種はひとつも芽吹いていないみたいだった。

 ヒルはどうしてか僕を避けているようだった。どうして彼女が僕を疎んじていたのか、当時はよくわからなかったし、今になっても別になにかわかるようになったというわけでもないのだけれど、もしかすると、ヒルは僕が彼女に感じている興味に感づいていて、自分の内面について詮索されたくないと感じていたのかもしれない。いずれにせよ、僕と彼女との間の中間的段階は一切埋まる気配がなかった。……それで僕は(いまから考えれば、やめておけばいいと思うのだけれど)中間的段階をすべてすっとばして自分の聞きたいことを聞くことのできる機会に恵まれたとき、ただそれを利用した。

 中学には選択科目のコマが週に一時間あって、ヒルが僕たちのところに戻ってきたとき、つまり僕たちが中学三年生だったころには、みんな受験を控えていたし、十四、五にもなると十分小賢しくもなるものなので、みんな数学か英語を選んでいて、そのふたつは人数がかなり膨らんでクラスが二つできるほどだった。残りの三科目、……理科と国語と英語は、はっきりいって実用的な代物ではなかったから、ひたすら人気が少なかった。理科は〈自由研究〉を一年間かけてたらたらやらされるし(でもまさしく、そうした長期的なスパンでの実験によるデータ収集とその分析こそ、選択科目というカリキュラムの自由な授業で行われるべきもので、受験対策のプリントをひたすら解かされる数学や英語なんてほんとうに家でもできるようなものなのだから家でやればいいはずだった)、国語は詩や小説や評論文を書かされて恥ずかしいし、社会に至ってはその内容を誰一人覚えていなかった。これは文字通りほんとうに一人もその内容を覚えていないのであって、僕はもちろん、受けていないとはいえ、誰かからその中身を聞いたこともないから何一つわからなくて、いったいどういうことをやっているのか出ているひとに聞いても、みんな口を揃えて、いや、よく覚えていないと答えるのだった。

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