プレキシ、謎めいたまま[12]

 僕は、どうしてその時僕が、教師から受け取った原稿をすぐに投函しなかったのか説明しようと思って、Aのことを書こうとした。そして実際に何度か書いてみたのだけれど、全く気に入らなかったので、いっそ書かないことにしようと思う。あるいはここに三行で書いて済ませてしまってもいいかもしれない。つまり、Aは僕の母の再婚相手で、僕の原稿は僕が無防備にもリビングのテーブルに置いていて彼に見つかってしまったので穢れてしまい、僕はそれを速やかに押し入れの奥深くに封印したのだった。だいたい二行ですんだ。これが現代文学にしかるべく求められているエコノミーである。

 また、僕は、彼、すなわち僕の義父のことについて書くとき、ヒルのようにあだ名を用いて間接的に書くことも、(これから多分書くことになるだろう、あのヒルの死の十時間に一緒にいた美人の女の子である)ウイのように本名をもって直接的に書くこともしたくなかったので、完全に秘匿的にAという記号を用いて書こうと思った。そのときもうすでに、Aという人間について書くより、Aという文字を見て僕が考えたり感じたり連想することについて書きたい、書くべきだともう思っていたので、まずそれを書いた。そののち、Aという人間について書くことを試みたが、僕はそれができなくなっていた。順番が逆だったら、僕は彼について書くことができただろうか? わからない。でも、たぶんどちらでもいいだろう。僕はAについて書こうと思ってこの文章を書き始めたのでは決してなく、興味の中心はすべてヒルにある。ヒルについて書くことに少しでも資するならAについてももちろん書くべきだと思うけれど、……そういう意味では、やっぱり僕は書くべきなんだろう。もうやめよう。書けないことについて、うだうだ考えても、はっきりいって何にもならない。

 再びまた、僕は、自分の文章が、あまりにやすやすと低きにながれていくのを、(読んでくれているあなたと一緒に)感じている。上手く書けないから書くのをやめる、なんて、はっきり言っていわゆるプロ意識に欠けているというやつであろう。ただ僕が小説家であるという意味は、小説を書いて原稿料をもらっている以外に収入がないというだけのことであって、書くことでいわゆる〈飯を食っている〉わけでは決してない、……もちろん、屑紙交換で得たいくばくかの小銭はすべて日々の糧に変わって消えている。でもそれは生きるという言葉が連想させるような、高級な精神的エグジスタンスの一式にまったく満たない最低限のものであって、むしろ食べることは、書くことの目的ではなく書くことの条件になっている。お腹が空いていると頭がはたらかないので僕はご飯を食べている。

 低きに流れる文章は水のようにすべて無差別にストラクチャを降りて、彼女のいる地下の空洞を目指している。

 ヒルについて書くことの助けになると思って僕はAのことについて書こうとした。そして、Aのことについて書くための一種の準備のために、その周辺にいた僕の母について書こうとした。母はあのとき、公園に隣接した墓地に僕を連れて行って、ここは墓地としては破格に高いが、生前父がここが綺麗だと言っていたので、これから降りてくるだろう彼の保険金でここに彼の墓を買ってあげようと思うと言った(これは、Aがそういうふうに金を使わせなかったから叶わなかったわけである。)。そして、僕が見た裁判の夢について、まさしく今彼の保険金をめぐって保険会社と(推測するに、Aの用意した)代理人との間で彼の死の本当の理由の究明が裁判にかけられているのだが、それを私はあなたに話した覚えはないのだが、それなのにどうしてあなたは彼の裁判の夢なんか見たんだろう、と僕に聞いた。そんなこと僕が答えられるわけなかった。こんなふうに一応書いておくわけは、母とのこの思い出について書きかけた人間の道義的責任からである。

 Aのことについて書かないと決めることはなんて素晴らしいことだろう! 本当に素晴らしい。僕は、ヒルについて(正確に言えば、僕がヒルに求めていたと僕がいま考えるものについて)書くためには、Aについて書かなくてはいけないような気がしていたから、別に書きたくもないし、どう書けばいいのかわからないのに自分を強いて、どうかこうか書けないか空きもしない金庫を素人丸出しの木槌でやたらめたら叩いて数日を過ごしたが、僕はすべてを放棄しようと思う。それに比べて、ヒルについて書くこと、僕の心の中にあるヒルについての感情について書くことが、どんなふうに自然で、正しく、真っ直ぐで、義に溢れたことであるか、僕はこれから僕自身が書く文章によって、まず僕自身に対し、次に読んでくれるあなたに対し、証立てることになるだろうと思う。Aについて書かないことはなんてすばらしいんだろう! 僕は友達みんなにこれからAについてなんて書かない方がいいよと勧めてこようと思う。それくらい素晴らしい。喜びのために高鳴っている僕の心音をこの行間に折り畳めないことが恨めしい。本当に素晴らしい。僕はこれからヒルのことだけ書こうと思う。

 それで、結局その原稿は僕が十七歳になるまでどこにも出さなかったわけだけれど、高校に入るまでの間にサクラという女の子が僕を手に入れた。サクラは小学二年生のころ、一緒に渡り廊下の掃除当番をしたあと、僕を引き止めておいて他の生徒が帰るまでやりすごしてから僕に抱きついて、「ずっとこうしてみたかったの」と言って逃げて行った。それから別になにもなかったが、それから七年後、ちょっと面白い成り行きから彼女は僕を隣町のネカフェに連れて行って世界をぐちゃぐちゃに混乱させた。

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