プレキシ、謎めいたまま[7]

 僕は中学一年からずっと国語を選択していて、ずっと一つの小説を書いていた。……選択国語を担当しているのは全部同じ教師で、よく言えば生徒の自主性を最大限尊重しており、悪く言えばまったくやる気がなかった。彼は選択科目のコマのうちその半分しか授業をしなかったし、授業がある日でも彼が何か話したりするのは授業時間の半分しかなく、残りは〈制作〉という名前の体のいい自習時間だった。僕が初めて彼の授業を受けたとき、彼はこの世には小説と呼ばれる散文芸術があるということを、図書室(選択国語はいつも図書室で行われた)に集まった八人の生徒に対して、まるで初めて知らせるひとのような調子でぼそぼそ話しはじめた。彼は、韻文と散文の違い、代表的な作品やその特徴について少し話した後、「じゃあ、書いてみましょう」と言って、僕たちに原稿用紙十枚を渡し、今日と来週の時間を使ってこのマス目を最後まで埋めるように言った。それは物語でなければならないと彼は言った。ある程度まとまった量の人間の行動のきっかけと結末の連続を書くこと。それにそれは虚構でなければならない。書くことのなかで、何かを思い出しているふりをしなくてはならない。ほんとうに何かを思い出してはならない。そして彼は立ち上がると、向こうの隅の方の席に自分の位置を占めて、そこに置いて準備してあった分厚い本を手に取り、刺繍の入ったしおりからページを開いて自分の読書を始めた。

 人間の行為の原因と結果の連鎖が物語と呼ばれ、本当に何かを思い出すことなく何かを思い出すふりをすることが虚構と呼ばれているということを、僕はそのとき学んだ。僕はその課題をほんの少しも進めることができなかった。人間の行為の原因はあまりにも無数にあって書くことはできず、結果も同様であると思われた、……それにまた、何かを思い出すふりをしようとすると、かならず何かほんとうにあったことを思い出してしまうか、あるいはそれがほんとうにあったことだったと後になってから気づいた、……それで僕はその日とその翌週の日を費やしても半分もマス目を埋めることができなかった。僕が正直にこのことを話すと、彼はしおりをページに挟んで本を閉じ、僕が書き上げた、課題十枚に対してちょうど半分まで到達した五枚の原稿用紙をゆっくり読んだ。そして僕に、物語が終わるまで書き続けるように言った。

 物語の終わりとはなんだろうか? 物語の終わりとは、人間の行為の総体の最終的な結果がもたらされることではない。(それは永遠にもたらされることはなく、人間の言行は、波及的に世界の事物と玉突き事故を起こし続けて、ひとつの回収不可能な混沌に発散していく。)それは読み手の感情の終局であって、それは結局、書き手が、ひとりの読み手へと完全に移り変わり終わる時に、最初の読者として、最初の読書感情が、終わることである。それを僕たちは物語の終わりと呼んで、それが物理的な最後のページと同じ場所にあると考えている、……。

 ヒルがこのクラスに参加した時、ずっと一緒にやってきた八人の仲間の半分は分別がついて数学のクラスに移っており、一人は何もしたくないという理由で何も選ばなかった結果どこか別のところに所属することになったので、人数は当初の見込みの半分になっていた。四人と一人で図書室にいるとずいぶん静かで、がらんとしていて、ひとところに集まって座っていてもどこか離れ離れになって向かい合っているような印象があった。僕たちは囁き合った。ある夏の終わりの日に、確か十月の始めでほんとうに一日か二日だったと思うけれど、教師は校庭を一周して、思いついたことを詩にしようと言った。いつもはそんな色気のあることはしないのだったが、その日はたまたま英語の二番目のクラスの担当が事故に遭って学校に来れず、それでそのクラスの生徒はばらばらに他のクラスへと分けられていて、僕たちのところにもたぶん二人か三人くらい来ていたと思う。……多分三人だっただろう。先生を含めて偶数だったはずだから。僕たちは八人で順にじゃんけんをして、二人組を四つ作り、順番に校庭を四角く歩いていった。前の組が長方形の一辺を渡り切ってその角を曲がると、それを合図に自発の二人組が歩き始めた。僕とヒルは、……僕たちは二人組になっていた。僕たちはまず別々の組に分けられ、それぞれの組の順位にならって二人組を作ることになった。ヒルの組はすぐに順位が決まった。僕は何位になればヒルと二人になれるか知っていた。その時確かヒルは三位だったはずだ、……僕はまず負けた人間で二人になって、彼に勝てばヒルのとなりに行けるということがわかっていた。……僕は祈っていた、……叶えられたとき、僕はあまりに現実感がないので高いところにいるときみたいにふらふらした。そう、思い出したが、僕たちはちょうど男子4人女子4人で、教師は男女一組になるようにするためにまず男子と女子を二つの組にわけた。どうして彼はそんな気持ち悪いことをしたんだろう。発情していたのかもしれない。

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