プレキシ、謎めいたまま[3]

 そもそも、同一の女の子に四回も告白してしまうような男には、どこかしら〈犯罪的〉なところがあると言わなくてはいけないのではないだろうか? 僕は彼女に袖にされるたび、「もうどうなってもいい」というありきたりな落胆を感じて、放火窃盗殺人その他の刑事上の罪が、少しずつ、可能性として、僕へと近づいてくるように感じていた……。僕がすぐ、それらの罪を犯す現実的な可能性があったわけではないが、もし、ほんとうにそうした機会が目の前に現れたとき、僕をこちらがわに繋ぎ止めてくれるなにか理由のようなものが、失われたように思うのだった。すなわち、いわゆる犯罪者たちは、普通の人なら越えないでいられる見えない赤い線を、繋ぎ止めるものがないので、うっかり踏み越えてしまうひとたちなのだ……。

 もちろん、僕が〈ヤケになって〉いることは、僕のもともとの犯罪的資質のある種の結果であって、原因ではない。僕は大体三回目くらいから、自分のことをひどいストーカー男だと感じていた。ただ言い訳をすれば、(僕はこの言い訳をもういい加減やめたくて、早くあの十時間に起こったことの叙述に取り掛かりたいのだけれど、不自然なところで書くのをやめることができない……)僕とヒルは幼いころからの友達だったけれど、ずっと一緒にいたわけではなく、何度か離れ離れになっていて、僕は彼女と再開するたび、彼女に自分の恋人になってほしいとお願いしていただけなのだ。……それでも十分気持ち悪いことではあるが、……しかし、僕たちは離れている間に、お互いずいぶん人間が変わっていったし、ヒルは僕が会わないでいるうちに何度も自殺未遂の未遂みたいなことをやらかしてしまいには右目が上手く閉じなくなっていたので(だから彼女は眠るとき、手動で自分の右まぶたを閉じていた)、新しく会うたび僕たちはお互いに違う人間が改めてやってきたと感じていたはずだ。僕がのろわしかったのは、僕は自分のこころが少しずつ荒廃していくのを感じ、世界を恨み、生きることになんの希望ももてないと思って、しかしそれでは犯罪者になってしまいそうで怖かったから、自分なりにどうにかして自己を再建しようと頑張ってきたのに、そのたびになぜか彼女と再会することになり、(そして彼女もまた会うたびに堕落していた……)、どうしても彼女が必要だという気持ちにさせられるからだ。

 〈何度か〉と書いたところをもっと正確にいえば、僕は彼女と合計三回再会しているのだけれど、そのたびに、自分の彼女に対する気持ちが更新されていくのを感じた。〈どうしてこんな美しい女が存在しているんだ〉と僕は思った。〈ありえない!〉しかし世間一般の意見を借りれば、彼女は別にとりたてて美しい女というわけではなかった。それに再会するたび、ファッションセンスがキテレツになっていたり、自傷痕が増えたり、表情が陰気になったり、右目が閉じなくなっていったりして散々だったが、僕は僕のほうでヒルがそういう姿になって現れるとそのままそういう女が好きになってしまうので、つまり、……彼女のことを好きでいつづけることに特に苦労はなかった。

 どうして僕はヒルのことを毎回好きになってしまうのか? 小学生のころ、ヒルは図書室でサクソフォンを演奏していた。彼女は吹奏楽クラブに入っていて、放課後図書室はサクソフォンやクラリネットといった木管楽器の練習場になっていた。彼らはまずパート別の練習を各教室に散らばってやってから、最後に音楽室に集まって合わせの練習をするらしい。……いま考えれば、放課後クラブ活動で図書室が占有されているという僕の記憶は、間違っているような気もする。図書室で音楽演奏が許されていたなんて、そんなことありうるのだろうか? でも僕がそういうヒルの姿を図書室で見たのは間違いない……僕はたぶん本を借りに行って、練習中の彼女の姿を見たのだ。だから、今から考えればどれほどちぐはぐなことであっても、たぶんそうだったとか、なにかがどうかしてともかくそうだったとか、そんな風に考えておくしかない。たとえば、図書室を彼らが使えるのは、週に二度だけだったとか、きっとそんなふうだったんだろう。

 ヒルはそのあと中学は別の学校にいったのだが、三年の初夏に、突然僕のいた学校に戻ってきた、……〈戻ってきた〉と僕がいうのは、僕からすれば、彼女が戻ってきたという意味で、ずいぶんエゴイスティックな言い回しだと、書いていてそう思ったのだけれど、……でも彼女からしてみても、故郷に戻ってきたという意識だったはずだ。たぶん彼女は中学に引っ越すタイミングで、父親が働いていた都会の方へ引っ越していったが、これも僕の推測の域をでないが、運悪くひどいいじめにあって母方の田舎であるこちらへ母親とふたりで戻ってきた……僕のいう推測というのは、でもほんとうに相当の確度で正しいらしいもので、ただ彼女に面と向かって確かめたわけではないというだけだ。世界の終わりの鐘の音をわたしはぜんぶ背負っているの、みたいな絶望的な顔をしたこのときのヒルの姿が、僕の心のなかに永遠に重たく残っていった。

[続く]


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