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『「介護時間」の光景』(135)「雨音」。12.5.

 いつも読んでいただいている方は、ありがとうございます。おかげで、書き続けることができています。

(※この「介護時間」のシリーズを読んでくださっている方は、「2003年12月5日」から読んでくださると、重複が避けられるかと思います)。

  初めて読んでくださっている方は、見つけてくださり、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


「介護時間」の光景
 

 この『「介護時間」の光景』シリーズは、介護をしていた時間に、どんなことを考えたのか?どんなものを見ていたのか?どんな気持ちでいたのか?を、お伝えしていこうと思っています。

 それは、とても個人的なことで、断片的なことに過ぎませんが、それでも家族介護者の気持ちの理解の一助になるのではないか、とも思っています。

 今回も、昔の話で申し訳ないのですが、前半は「2003年12月5日」のことです。後半に、今日「2022年12月5日」のことを書いています。


(※ この『「介護時間」の光景』シリーズでは、特に前半部分の過去の文章は、その時のメモと、その時の気持ちが書かれています。希望も出口も見えない状況で書いているので、実際に介護をされている方が読まれた場合には、気持ちが滅入ってしまう可能性もありますので、ご注意くだされば幸いです)


2003年の頃

 私は、元々は、家族介護者でした。

 1999年から介護が始まり、2000年に、母は入院したのですが、私は病院に毎日のように通い、家に帰ってきてからは、妻と一緒に義母の介護を続けていました。自分が心臓の病気になったこともあり、仕事は辞めて介護に専念せざるを得ない状況でした。

 母の病院に私が通っても、医学的にプラスかどうかは分かりませんでしたが、でも、通わなくなって、2度とコミュニケーションが取れなくなったままになったら、と思うと、怖さもあって通い続けていました。

 転院当初は、それ以前の医療関係者にかなりの負担をかけられていたこともあり、最初は、うつむき加減で通い続けていましたが、2年が経つ頃には、病院へ信頼感も出てきたと同時に、母の症状も比較的安定していました。

 だから、2003年の頃は、自分も穏やかだった頃かもしれません。

 そのころの記録です。

 毎日のように記録はとっていました。周囲の小さな変化に対しても、今よりも敏感だったような気もします。


2003年12月5日


「寒い日。
 義母の病院に行き、久しぶりに妻とモスバーガーで昼食をとる。
 女子高校生が二人いて、一人はすごく寝てた。他には、客がもう一人いるくらいだった」。

雨音

 病院。今度は義母が地元に近い場所に入院している。7階の食堂、というか、自動販売機も置いてあるちょっとしたロビーみたいなところ。患者さんが食事をするところでもある。

 ガラス窓が大きくとってあって、お寺の塔が少し遠くにはっきりと見える。

 かさこそ。かさこそ。

 すごく小さい音がする。不規則な音。

 外を見たら、ホントにいつのまにか雨が降り出していた。アルミサッシの窓で、7階だと、雨音もすごく小さくしか聞こえない。

                         (2003年12月5日)


「それから、今度は母の病院に行く。
 午後4時30分頃に、着いた。

 母の夕食は30分ですんだ。
 調子は悪くないようだった。

 自分の胃が少し重い。変な違和感。食べたあと、微妙に痛いような。
 初めての感じは、不安だった。

 午後7時に病院を出る。

 ちょっと胃の具合が悪いだけで、死んでしまうような気になってしまうのは、この5年の出来事のせいだろう。いい加減、いい方向へ考えないといけないのに


 この生活はいつまでも続くように感じていたが、翌年2004年に母はガンになり、手術もし、一時期は落ち着いていたが、翌年に再発してしまった。そして、2007年に母が病院で亡くなり、「通い介護」が終わった。

 義母の在宅介護は続いていたが、臨床心理学の勉強を始め、2010年に大学院に入学し、2014年には臨床心理士の資格を取得し、その年に、介護者相談も始めることができた。

 2018年12月には、義母が103歳で亡くなり、19年間の介護生活も突然終わった。昼夜逆転のリズムが少し修正できた頃、コロナ禍になった。


2022年12月5日

 ワールドカップが始まって、サッカーを毎日のように見ている。
 ちょっと気持ちが、普段とは違うような気がする。

めまい

 日曜日に、急にめまいがした。
 夕方から、かなり調子が悪くなり、吐き気もして、ずっと横になっていても、治らない。

 この感じは、10年前とそっくりだった。

 あのときは、めまいはもっとひどく、全然、立ち上がれなくなり、救急車を呼んだ。救急スタッフが何人かいて、「これは脳ですね」と言われながら、病院に行った時は、もう死ぬんだと思っていたが、入院はしたものの、検査をして、異常はないと言われ、2泊3日で戻ってこれた。

 今回は、どうなるか不安だったけれど、いつもより早めに寝て、今日は起きたら、まだ少しフラッとするけれど、昨日のように天井は回っていなかった。

植物活動

 家のそばのイチョウ並木の下に小さな土のスペースがある。

 そこを、妻は「雑草の庭」にしている。

 気に入った雑草を植え替えたり、自然なまま整えたりしているが、今は、珍しく背の高いヒメジョオンが目立っている。考えたら、冬だから、花が咲く雑草も少なくなっているはずだった。

 それだけでは色味が足りないと思ったのか、妻は、イチョウが黄色くなり落葉したのを集め、ヒモを通し、その「雑草の庭」の上にぶら下げていた。

 たまたま通りかかった人に「かわいいですね」と言われたようで、その話をする妻はうれしそうだった。

 今日は、雨が降ったりするので、洗濯もできなかった。

 気温も低く、自分の体調に対して、恐る恐る過ごす一日になった。




(他にも、いろいろと介護のことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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