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『「介護時間」の光景』(138)「川」「あかり」。12.29.

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。おかげで、こうして書き続けることができています。


(※いつも、この「介護時間の光景」シリーズを読んでくださっている方は、よろしければ、「2001年12月29日」から読んでいただければ、これまでとの重複を避けられるかと思います)。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。

「介護時間」の光景

 この『「介護時間」の光景』シリーズは、介護をしていた時間に、私自身が、家族介護者として、どんなことを考えたのか?どんなものを見ていたのか?どんな気持ちでいたのか?を、お伝えしていこうと思っています。

 それは、とても個人的なことに過ぎませんが、それでも家族介護者の気持ちの理解の一助になるのではないか、とも思っています。

 今回も、昔の話で申し訳ないのですが、前半は「2001年12月29日」のことです。終盤に、今日「2022年12月29日」のことを書いています。

(※この『「介護時間」の光景』では、特に前半部分は、その時のメモをほぼそのまま載せています希望も出口も見えない状況で書かれたものなので、実際に介護をされている方が読まれた場合には、気持ちが滅入ってしまう可能性もありますので、ご注意くだされば、幸いです)。


2001年の頃

 個人的で、しかも昔の話ですが、1999年に母親に介護が必要になり、私自身も心臓の病気になったので、2000年に、母には入院してもらい、そこに毎日のように片道2時間をかけて、通っていました。妻の母親にも、介護が必要になってきました。

 仕事もやめ、帰ってきてからは、妻と一緒に、義母(妻の母親)の介護をする毎日でした。

入院してもらってからも、母親の症状は悪くなって、よくなって、また悪化して、少し回復して、の状態が続いていました。

 だから、また、いつ症状が悪くなり会話もできなくなるのではないか、という恐れがあり、母親の変化に敏感になっていたように思います。

 それに、この療養型の病院に来る前の違う病院で、いろいろとひどい目にあったこともあって、医療関係者全般を、まだ信じられませんでした。大げさにいえば外へ出れば、周りの全部が敵に見えていました。

 ただ介護をして、土の中で息をひそめるような日々でした。それが2001年の頃でした。

 気持ちは、かなりすさんでいたと思います。

 それでも、毎日のようにメモをとっていました。

2001年12月29日

『昨日の夜も、午前3時頃まで近所でバイクがすごい音を出していて、それで、すごく嫌にもなり、頭にも来てしまった。

 さらに、前の病院で追い込まれたり、母の病状での見落としがあって、私自身も必要以上に追い込まれたせいで、心臓の発作を起こし、死にそうになったのだから、それに関して、きちんと謝って欲しい、といった手紙を書こうとしていて、その時のことを思い出して、また強い怒りが出てくる。

 それだけで辛くはなるけれど、何かをしないと、問題は解決しないし、前へいけないのだろうとは思う。

 そんなことを思うけれど、なんだか怒りが湧き出てきてしまう。

 それでも、変わらず、ただ、介護をしているだけの毎日が続く。

 午後4時30分頃、病院に着いたけれど、駅からのバスも、病院のスタッフと何人もが一緒だった。

 母親は、ベッドで横になっている。

 枕から、頭が落ちて、なんだかぐったりしていて、大丈夫だろうか、と思う。

 午後5時35分から夕食になって、午後6時には食べ終わった。

 すぐにトイレに行った。

 部屋に戻って、窓から満月がきれいに見える。

 冬は寒いと思って、暖かそうなスリッパを買っていったのだけど、それについて、気に入ったみたいで、よかった。

 弟が「2日に来てくれたの」と言っているけれど、それがいつのことか分からないし、そんなことはなかったはずだけど、さらには、来年に向けて、病室のカレンダーをかえたら、今度は、「銀行の人が来てくれたの」という話になった。

 さらには、「隣の部屋の人は、お正月で外泊するのよ」と淡々と母は言っていたけれど、それは、うちではできないので、聞いている方が、少し痛い気持ちになった。仕方ないのだけど。

 午後6時45分頃に、またトイレに行く。

 年末なので、初詣に行く話をすると、母は楽しそうだった。

 毎日のように、スタッフの人が、1日のトイレの回数を確認しにくるようだけど、「トイレは12回」と母はすぐに答えていた。

 年末といっても、いつもと同じ病院。

 テレビで、アメ横の中継を見たら、母は少し喜んでくれた。

 今年も何もしてなくて、終わっていく。

 母が、安定していたと思ったら、春にまた変になっていって、それ以降、大丈夫だろうか、と思い続けて、病院に通い続けて、そのほかのことは、なんだか、ほとんど記憶にない。

 流されて、ずるずると流されて、終わっていくのだろうか。

 家に戻るときに「仕事の帰りですか?」と聞かれて、「仕事はしてません」と答えるのが、すごく後ろめたい。

 午後7時に病院を出る』。

 電車が川を渡る時、水面にキレイに大きく波紋が広がっているのが見えた。そんなにきれいな川ではないはずなのに、何だか深い緑の水の色を感じた。
 太陽のあたりぐあいなのだろうか。

 電車が進むと、波紋の元が分かった。川の水で皿らしきものを洗っている人がいて、それで大きな波紋がまだ静かに広がっていた。

あかり

 いつもと同じように午後7時に病院を出て、外に出た瞬間に、もう寒さをすぐに感じるようになり、20メートルくらい歩いて、後ろを振り返ると、4階建てのこじんまりとした病院は、とても明るく光っている。

 窓際には、誰もいない。

 その上の空に満月がキレイに見える。

                       (2001年12月29日)


 それからも、その生活は続き、いつ終わるか分からない気持ちで過ごした。2007年に母が病院で亡くなり「通い介護」も終わった。義母の在宅介護は続いていたが、臨床心理学の勉強を始め、2010年に大学院に入学し、2014年には臨床心理士の資格を取得し、その年に、介護者相談も始めることができた。

 2018年12月には、義母が103歳で亡くなり、19年間、妻と一緒に取り組んできた介護生活も突然終わった。2019年には公認心理師の資格もとった。昼夜逆転のリズムが少し修正できた頃、コロナ禍になった。


2022年12月29日

 天気がいい。

 昨日は、洗濯物が少なかったので、いつも使っているトートバックをいくつも洗って、干して、今日は、もう乾いているかと思ったら、中にポケットがあるタイプはまだ少し湿っていることを妻に確認してもらって、また干した。

 空は青い。

 見上げると、すっかり葉っぱの散った柿の木と、まだかなり残っているだいだいの柿の実が目に入る。

 これまで、このnoteでは、何度も柿のことに触れてきてはいるのだけど、今年は、例年よりもたくさんの柿の実がなって、かなりの数をとって、人に差し上げたり、自分のうちで干し柿にしたりしたのだけど、高枝切りバサミが届かない場所に、まだ多くの柿の実が残っている。

 それでも、そのうちに、渋柿でも時間がたつと、鳥がやってきて、気がついたら、食べ尽くされるはずなのに、今年は、まだ残り方が多いので、まだ渋いのだろうか、と思ったりもする。

準備

 妻が気に入った「正月飾り」があるというので、電車に乗って出かけて、購入ができたので、うれしかったのだけど、昨日は「大安」ということで、玄関の上に妻に飾ってもらった。

 脚立に乗って、ちょっと心配だったのだけど、ちょうどいい位置を探って、つけてもらって、少し安心していた。

 それが、今日になったら、気がついたら、その「正月飾り」が下に落ちていた。

 どうやら、接着面が、デコボコの木材には向かなかったみたいだった。それで、その接着の部分だけをかえて、またつけた。

 さらに妻が、プラスチックのダイダイもつけようと提案しくれたので、色が増えて、鮮やかになった。

年末

 今年も残り少なくなって、社会も休みに入るモードになってくると、自分がそれほど仕事をしていなくて、普段はかなり焦りがあるとしても、勝手に少し気持ちがゆるむ。

 そして、今日は買い物に行く日だけど、妻が、年末だし、一緒に行くことを提案してくれたので、あまり寒くなる前に出かけることにする。

 
 コロナ禍になってから、これまで時々出かけていたトークイベントのようなものに、すっかり行けなくなったけど、配信でも行われ、そうしたイベントを見ることも多くなった。

 だけど、アーカイブとして見ると、内容は同じなのにも関わらず、なんとなく勝手に臨場感が薄れる気がして、だから、コロナ禍前には、年に何度か行っていたゲンロンカフェでのイベントを、年末だから、ライブで見ようと考えた。

 そのためには、午後7時からのスタート時刻に合わせて、それまでに食事も終えて臨みたいが、食器を洗う時間を短縮させるために、弁当にすることを、やはり妻に提案し、それで、一緒にスーパーに行こうということにもなった。

 そんなことを考えたり、話したりしていると、平和な年末ではあるのだけど、コロナ禍のことや、社会の変化を考えると、やっぱり暗くはなる。





(他にも介護について、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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