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どう在りたいのか、わからなくなった時の為に

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自分がどう在りたいのか、わからなくなったとき。読むと「何か」変わるかもしれない作品を選びました。
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#コラム

寛容のパラドックス

寛容のパラドックス

お花見どころか不要な外出も禁止されていた2020年春。あるプロジェクトについて画面越しに同僚と話し合っていた。2年後を見据えたあるサービスに関する提案の議論。論点は、その時期のユーザー価値観をどう予想するか?ということ。具体的に言えば、「With コロナ」か「After コロナ」かどちらなんだろう? というものだった。

With コロナとは、「新型コロナウイルスとの共存・共生」という意味で使われ

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青いブリンクはけしてやって来ない、けれど

青いブリンクはけしてやって来ない、けれど

※こちらはWEBマガジン「She is」公募エッセイ用に書いたものです。

比較的はじまりに近い記憶の中で、覚えていることがある。
自転車に乗る練習をしていて、なかなかうまくいかなかったある時。ふと私は「こわい」と思った。転んだら痛い。皮膚が擦りむけて、血が出てくる。痛いのはいやだ。
そこで私は練習をやめた。結局小学生のある時点まで、自転車に乗らずに過ごした。

ビビり。それこそが自分のコンプレッ

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僕なりの、創作意欲の保ち方

僕なりの、創作意欲の保ち方

創作には二種類あると思っています。ひとつは、「手段としての創作」。楽しい、ワクワクするというように、自分が心地よくなるための手段として「創作をする」こと。こたつで描いたマンガのように、人に見せるためでなく、自分のための創作です。

もうひとつは「目的のための創作」。コンテスト受賞や書籍化など、何かを実現するための創作です。僕が仕事でするデザインもそうです。デザインは、ある課題を解決することが目的で

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「狭き門」は広い

「狭き門」は広い

思い込みは怖い。まあ、気づかずにいるうちは思い込みとさえ考えないのだけど。

人間とヤギをやってそれなりになるけれど、いまだに自分に見えてる世界の危うさに「ハッ」とすることがある。

「狭き門」の捉え方もそうだ。

もしかしたら、そんなの常識レベルなのかもだけど「狭き門」と言われると「大勢が殺到して、そこを通過できるのは一握り」みたいに捉えてた。

本来の意味はそうではないらしい。

作家の森博嗣

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綺麗の先の、美しさを目指して

綺麗の先の、美しさを目指して



「人は、なぜ花を美しいと感じると思う?」

駅までの道を歩いていると、友人に質問された。この手の哲学的考察は好きだけど得意じゃない。ぼくは首をかしげ、わかんないな、という目線を彼におくった。

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この問いに多くの人が様々な答え方をしている。学術的に言えば、花が受粉するために虫や鳥に花粉を運んでもらうから、という解答が一般的だろう。正解がない問への答えは、その人の人生観に繋がることが多い。美

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書くために、書かない時間

書くために、書かない時間

最近、僕は文章を書かない。いや、書いてるんだけど書かない。また、なんかおかしなこと言ってるけど。

このnoteもそうだけど、人は文章を書く。

なにか伝えたいこと、言葉にしたいこと、そんなんじゃなくてとにかく読まれたくて書きたい人もいる。じゃなきゃ、こんなに世の中に文章が溢れてこない。

それは、べつ悪いことじゃない。

昔みたいに、文章を書いてリリースするのが限られた人たちだけなんてつまらない

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未来を見てすすむ人、過去を見てすすむ人

未来を見てすすむ人、過去を見てすすむ人

最近、人には未来を見ながらすすむ人と、過去を見ながらすすむ人がいるのではないかと思っている。

未来を見ながらすすむ人は、自分の将来やこれから起こることを楽しみにしたり、目標をきめたり、ああなりたいと憧れをもったりして、それを原動力に前に進むことができる。

過去を見ながらすすむ人は、自分の今までしてきたことを積み上げて、そこから材料をあつめてこれからすることを決めて前に進むことができる。

「夢

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僕は共感しないスキを押す

僕は共感しないスキを押す

人には2つの生き方がある。

「人とわかり合える」と思って生きる派と「人はわかり合えない」と思って生きる派。パクチーを気にする派と気にしない派のように。

自分はどっちなんだろう。

マジレスすると、わかり合える部分もあるし、わかり合えない部分もある。

いや、そんなの誰だってそうだろってなるとそこで話は終わる。そうじゃなくて、前提の話だ。

人とは基本的にわかり合える前提で付き合うのか、わかり合

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文才ってなに? 書くことで悩まない人が地味にやってること

文才ってなに? 書くことで悩まない人が地味にやってること

何書いていいかわからない。書くことが思い浮かばない。note界隈でも、よくそんな呟きを目にする。

そうだよなぁと考える。僕の場合、ある程度仕事の縛りがあって「書け」という圧力(悪い意味じゃないです)が常時かかってるから、良くも悪くもいつだって書こうと思えば書ける。24時間静かにアイドリングしっ放しの何かだ。

もちろん、書きたいかどうかは別。特にnoteはほとんどの場合、狭い意味での「仕事」では

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フレッシュな感性でいられるために

フレッシュな感性でいられるために

時間を共有するおもしろさ、というものがあります。

たとえば、一時間の「対話の場」があったとして。その空間に入って行き、共にその時間を過ごすことと、それをデータ化したものを後から見ることは、同じようでいて、どこか違います。もっと言うと、大事なポイントを抽出して文章にしたり、編集して短い映像にしてしまうと、実際にそこで起きていた内容とは、もはや「全く別のもの」になってしまいます。

ぼくたちは日々の

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好きでやってるだけを増やしたい

好きでやってるだけを増やしたい

不意打ちだけど、めっちゃそれと思った。かおるさんのツイート。

「下手の横好き」って言葉があるけど、もしかしていまってネガティブに捉えられてる? 下手なくせに何熱く語ってんだろうとか。下手なのに見せてよく恥ずかしくないねとか。

かおるさんも言及してたけど、いまって「自分の好き」がSNSでも何でも可視化されるから、ちゃんと評価される「好き」じゃなければ「これ好き」って出しづらい風潮あるのかもしれな

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やることを決めるために「自分のサイズと持ち物のチェック」をした話

やることを決めるために「自分のサイズと持ち物のチェック」をした話

今から9年前、わたしは30歳で、シングルマザーになって5年ほどたったころ、「半分の時間で倍稼ぐ」と決めたことは、今ふりかえっても自分にグッジョブと言いたい。

ただ、そう決めたのは、野望でもなければ憧れでもなかった。むしろしかたなく、そうするしかなかったのだ。

友人たちと旅行に行ったとき、娘のあーちんも一緒に連れて行ったので、毎回食事代をふたり分払う。もちろん旅費も宿泊費もふたり分払う。それはあ

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世界は「夢組」と「叶え組」でできている

世界は「夢組」と「叶え組」でできている

ここのところ、脳内プチテーマとして「やりたいことがある人」と「やりたいことがない人」について考えていた。

ちなみにわたし自身は「やりたいことがない人」で、今のメイン仕事のクッキー屋さんも、決して「やりたかったこと」や「夢」ではない。シングルマザーが子供と生活するのに「お金と時間がない」というのがイヤで、「ひとの半分の時間でひとの2倍稼ぐ」という目的のために、自分のできることから消去法で削り出した

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自信がなくても別によくない?という話

自信がなくても別によくない?という話

「どうやったら自信がもてるんですか」とときどき聞かれることがあるけど、いつも「わたしも自信なんてないよ」と答える。

「自信」という言葉をどのようなイメージで使っているか人によって多少ちがうので調べてみると、こう書いてある。

じ-しん(自信)[名](スル):自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考え方や行動が正しいと信じて疑わないこと。(デジタル大辞泉より)

やっぱりわたしは自信をもっ

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