マガジンのカバー画像

練習帳

31
2,000字〜4,000字程の読み物。 ふと思い付いた設定や、決められたお題で考えた小説。表現を練習した書き物。言葉遊びだったり、ふざけていたり、いろいろ。
運営しているクリエイター

記事一覧

吉田とそれと私 後編

吉田とそれと私 後編

前回のお話↓

 その時、波打つ液体の一部が大きく跳ねてこちらに向かって来た。

「え、やだ! 何?」

 咄嗟に目をつぶり顔に手を当てると、冷たくてどろりとした感触が手の甲にぶつかった。

「うわ……」

 吉田が引きつった声を上げた。
 うわって何? 何でそんな風に言うの? 傷付くんだけど。そんな声を出さなくても良いじゃん。そこは「大丈夫か?」じゃないの? スライムが私に飛びかかってきたの? 

もっとみる
吉田とそれと私 前編

吉田とそれと私 前編

 とろりとした液体をプラスチックのコップに入れ、吉田は別に用意していた水をその中に混ぜた。

「ここでよーく混ぜる。色をつける時はここで入れるんだって」
「何色にしよう」
「水色で。その方がスライムっぽい」
「絵の具を入れるの?」
「食用色素がある。粉のやつ」

 私の所属する科学部は文化祭で出す出し物を何にするか決めている最中だった。
 何名かの部員がチームを作り、班になって班ごとに発表をする。

もっとみる
長崎県産につき(仮) 後編

長崎県産につき(仮) 後編

前の話↓

 怪しいじゃがいもは出てくるのだろうか。出てきたとして、捕まえた方が良いのだろうか。噛んだり毒を出したりしないだろうか。どんな生き物だろう。見た目はじゃがいもだけれど。
 いや、待て。
 そもそも何かと見間違えたのではないだろうか。そんなものは最初から存在していない。育児ノイローゼによる幻覚だろう。
 私は酷く疲れている。

「おーい、チャラポテ。カッコいいオープンカーだよ。いつもウェ

もっとみる
長崎県産につき(仮) 前編

長崎県産につき(仮) 前編

 畳んでいない洗濯物の山。見るだけでげんなりする。
 いや、タオルは何枚か畳んだが、それ以外は取り込んでから床に放置してそのままだった。
 その畳んだタオルの上に頭を乗せて、おもちゃの車で遊んでいる息子。

「けいちゃん……洗濯物の上に頭を乗せないで」
「ぶーん」
「けいちゃん……」
「どうんっ! ぶふー!」

 息子はこの前見せたアニメ番組に感化され、ずっと車のおもちゃでレースごっこをしているら

もっとみる
持ち込むべからず

持ち込むべからず

 麗かな午後のひと時。
 小鳥がさえずり、手入れのされた薔薇のアーチを眺めながら紅茶を飲む。
 優雅で満たされた美しい時間。

 もう最高。

「フレイラ様、お菓子を焼きました。いかがですか?」
「ありがとう。頂くわ」

 使用人のロザリーが焼き立てのマドレーヌを持ってきた。バターの芳醇な香りがふわりと鼻をかすめ、これは食べなくても美味しいものだっていうのが分かる。
 5個くらい一気に食べたい。誰

もっとみる
坂ノ上不動産 後編

坂ノ上不動産 後編

前回の話↓

 駅で降りた二人は商店街とは反対側の通りを進み、いくつかの細い道を曲がると目的の物件「山吹荘」に到着した。
 一階の扉は傾いて開き、廊下に面した窓は割れている部屋もあった。
 空き家なのは一目瞭然だった。
 山吹荘の向かいには比較的真新しいアパートや一軒家が建ち、山吹荘だけが辺りとは別の次元に存在しているように朽ちている。
 「山吹荘」と書かれている木札は地面に落ちていた。建物の周り

もっとみる
アメがおちますのでご注意下さい

アメがおちますのでご注意下さい

 駅の柱に貼られている注意書き。
 柱の下にはバケツが置いてある。地下鉄の駅のため、水が地面を伝ってどこからかしみ出てくるのだろう。バケツにはぽつりと雨が落ちていた。

 今日も雨の日。貼り紙のある柱の下にバケツが相変わらず置いてある。どれくらいの勢いで水が溜まっているのかバケツの中を覗いてやろうという気になった。
 柱に近付くとにじんだ「雨がおちますのでご注意下さい」の「雨」の文字の部分だけが後

もっとみる
クズ侍

クズ侍

「だ、誰か……」

 夜の辻に男が二人。暗闇で顔がよく見えないが、ぶつぶつと小声で何かを言いながら女ににじり寄っている。女はすっかり腰を抜かし尻もちをついて後退りをするしかなかった。

「ひぃ、助け……」

 男の大きな手が襟にかけられ、女はこの時に初めて気が付いた。最近、市中に出没するという追い剥ぎだと。着てる物から持ち物まで全て取られた後に殺されるのだ。先月も川から裸の死体が上がっていたではな

もっとみる
エレガント物語(改)

エレガント物語(改)

※高校生の頃に書いた小説を大人になった今、作り直してみました。

↓高校生の頃に書いた小説

 この物語は、マダムとナルシストの不毛極まりない何の実りもないどうしようもないご近所抗争の記録であると同時に、それを取り巻く人々の愛と憎悪と罵り合いと競争と喧嘩と妬みなどのいろいろな物語であるかもしれないし、そうでないかもしれない。
 とにかく間違いなく言えることはタイトル詐欺だということである。

1.

もっとみる
ポニーテールの猫柳さん

ポニーテールの猫柳さん

 お隣りの部署には猫柳さんという先輩社員がいる。ポニーテールをした涼しい目元の美人さん。
 猫柳さんは淡々と業務をこなし、いつも定時ぴったりに帰る。定時ぴったりに上がれるということは、その時間までに自分の業務を終わらせることができ、スケジュール管理がきっちりとできている証拠なのだと思う。なのでとても仕事の出来る人なんじゃないかと密かに思っている。たぶん仕事の出来る人なのだろうけど、猫柳さんはあまり

もっとみる
マンボー・極

マンボー・極

 珍コロウィルスによる第36波が日本を襲った。人口1,400万人の首都東京ではまん延防止等重点処置、略してマンボーが実施されることとなり、昨日より飲食店を含む全ての施設で営業時間短縮が求められている。

『華陽飯店』

 俺は今、火鍋を提供する超有名店、華陽飯店へと来ている。
 マンボー……いや、何度も改訂されたもはやマンボー・極と言える恐ろしい程の時間短縮を余儀なくされた都内全ての飲食店は、昼時

もっとみる
エレガント物語(ほぼ原文ママ)

エレガント物語(ほぼ原文ママ)

※私が高校生の頃に学校の課題で提出した小説です。原稿用紙に縦書きだったものをweb小説用に体裁を整えています。(約6,000字)

 一、マダム・メルシー

 穏やかな午後、マダム邸の庭では、バラが咲き乱れ、風が吹くとバラの香りが辺りに広がっていた。

「それじゃ、行ってくるわね」

 彼女の名は、メルシィー。そのエレガントさゆえ、人々からはいつしかマダムと呼ばれるようになった。シルクのような長い

もっとみる
冬はドキドキの多い季節

冬はドキドキの多い季節

 大晦日の深夜0時前。歌合戦は終わって、年越しをカウントダウンする番組が始まっているのだと思う。芸人だらけの内輪で盛り上がる番組。そういう番組はあまり好きではないけれど、年末には頭を真っ白にしてぼんやり眺めていたい気もする。次の日は早く起きなくても良いんだし。
 吹く風は強くて容赦なく冷たい。時折り髪をぼさぼさに乱していっては、手ぐしで直す気にもならなかった。保冷剤のように冷たい鼻先からは体温が奪

もっとみる
降りてゆく

降りてゆく

※汚い話なので、気分を悪くするかも。ご注意下さい。

 濡らしたトイレットペーパーはぼろぼろと崩れ、拭いた分だけ紙のかすがヴィトンのロゴにくっついた。足元はぐちゃぐちゃになったトイレットペーパーだらけ。
 自分から出たものとはいえ、臭いしドロドロとしているし、気持ちが悪かった。私の大事なヴィトンももう使いたくも無い。見たくもない。靴にもついた。
 何でこんなことをしなきゃいけないの。どうしてこうな

もっとみる