吉田とそれと私 前編
とろりとした液体をプラスチックのコップに入れ、吉田は別に用意していた水をその中に混ぜた。
「ここでよーく混ぜる。色をつける時はここで入れるんだって」
「何色にしよう」
「水色で。その方がスライムっぽい」
「絵の具を入れるの?」
「食用色素がある。粉のやつ」
私の所属する科学部は文化祭で出す出し物を何にするか決めている最中だった。
何名かの部員がチームを作り、班になって班ごとに発表をする。
私は同じ学年の吉田とペアを組み、スライムを作って文化祭に来る人たちに配ろうと考えた。
「どこにあるの?」
「棚のところにあったはず」
実験室の壁際にある棚に近付き、食用色素を探した。色素のある場所を知ってる吉田が取りに行けば良いのに……と思ったけど、吉田はずっとコップの中の液体を混ぜ続けている。実験台の前から動く気が無いみたい。
「まだ?」
「どこ? 見つからない」
「だからさぁ」
自分の頭をがしがしとかいて、面倒そうにこちらに近付いて来た。ため息が聞こえてきそう。
吉田のこういうところが嫌い。自分勝手で俺様気質。最初から自分で用意しておけば良いのに。
「あんじゃん、ここに」
私が探している場所の右側の棚。下から二段めの端の方に古びた箱があって、吉田はその箱を取り出した。
「ほら、ここ。埃だらけじゃん。あ、緑と赤しかない」
小さく咳き込んだ吉田はぽんと箱を実験台の上に置いた。
箱の中に小さなボトルは二本しか入っていない。ボトルはそれぞれ薄っすらと緑色と赤色をしていた。
「二つ混ぜて紫色にはなるけど……」
「部長に言って追加で色を買ってもらおう。いろんな色があった方がお客さん喜ぶと思う」
「うん」
「とりあえず今は練習だからこれで良っか」
吉田はボトルを二本同時に持つと中に入っている粉をふりふりと揺らした。そしてボトルを教室の蛍光灯に向けた。
「何か量、少なくね?」
「確かに」
「ま、良っか。全部入れよう」
「それだと濃すぎないかな?」
「それもやってみないとわかんないし」
蛍光灯にかざしたボトルの中に見える粉は底の方に少したまっているくらいの量しかない。緑色も赤色もどちらも同じような量だった。
「全部入れる」
ボトルの蓋をとるとコップの中に一気に粉を入れた。そのまま割り箸でぐるぐるとかき混ぜる。
「お、紫色になった。これもスライムっぽくて良いじゃん」
「でも色が濃すぎるよ」
「量が多過ぎか。追加で水とのりを入れよう」
「大丈夫かな?」
「透き通ってる色の方が良いじゃん。ちょっと用意して」
また私に指図する。
私のことを助手か何かと勘違いしてるのかな。
「はいはい。同じ量で良いの?」
「けっこう濃いからさっきの倍の量で」
「良いけど……」
お湯と洗濯のりをビーカーで測り、吉田に渡す。その後に入れるホウ砂の量は三倍の量を入れれば良いのかな。
今回のスライム作りは全部吉田が調べて発案したものだから私は実のところよくわかっていない。
「おお、良い感じに色が透き通ってきた」
「ホントだ。ここにグリッターとか入れても良いかも」
「グリッター? 良くわかんないけど良いんじゃない?」
吉田は手についた汚れを白衣で拭き、無言で私に薄紫色になったスライムの元を預けホウ砂の用意をはじめた。
私も割り箸でスライムの元を混ぜてみた。量が多いからか、コップのふちギリギリに液体が入っている。
ふと、色を付け終わってさっき吉田がテーブルに放り出した二本のボトルを見るとラベルに小さく「鱗粉」と書いてあった。
「よし、オッケー。入れよう」
「ちょっと待って。さっき入れた粉だけど……」
私の話を聞かずに吉田はスライムの元にホウ砂を溶かした水を入れた。
「そして混ぜるっ」
コップからこぼれないように慎重に割り箸をぐるぐるとかき混ぜる。しだいにさらさらとした液体からむっちりとした粘り気のある液体へと変化していった……と思ったら
「あれ、ゆるいな。分量間違えたかな」
「だってさっき混ぜた粉、色素じゃないよ」
「はあ?」
「鱗粉って書いてある」
吉田は慌ててボトルを掴むと大きな声を出した。
「マジかっ! 何でこんなもんがここにあるんだよ」
そんなの知らない。吉田がボトルをちゃんと見ないのがいけないんじゃん。……気付かなかった私も私だけど。
「何だよ。材料のムダじゃん。廃棄だこんなもん。また最初から作るかぁ」
足元に置いてあったゴミ袋にコップごと落として捨てた時、ばいんとゴミ袋の中からコップがはね返って来た。
コップは実験台の上で転がり、中に入っている薄紫色の液体がゆっくりと台の上に広がった。
「何? どういうこと?」
「スーパーボール?」
「鱗粉を混ぜるとできるの?」
「まさか。んなわけないだろ」
吉田が指を伸ばし、台の上のスライムをちょんとつつく。
「やめなよ。何か変だよこれ。スライムじゃないのができたんだよ」
「鱗粉で? どういう科学反応なわけ。おもしれー」
すると、液体の表面がふるふると震え、次第に激しく波打った。
「何? 何?」
「すげー本物のスライムじゃん」
吉田の目は輝いていた。
台の上の波打つ怪しい液体に食い入るようにじっと魅入っている。
今までこんなに楽しそうな顔をしている吉田は見たことがないかも。そんな吉田に私は引いた。
液体はさらに大きく波打ち、そのうちにぐねぐねと動き出すんじゃないかと思った。本物の生き物のようだった。
続く…
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