見出し画像

ストーン・ローゼズを追って【八〇〇文字の短編小説 #15】

二〇一二年六月二十九日の昼すぎ、ニーナはイングランドのマンチェスターの熱気にのみ込まれていた。 前日、友人のイーダと一緒にマルメからスカンジナビア航空の飛行機に乗り、五時間かけてロンドンに到着した。セント・パンクラス駅に着くと夕食にロンドン・プライドというビールを飲みながらフィッシュ&チップスを食べ、予約していた安宿に泊まり、朝早くにユーストン駅からマンチェスター行きの列車に乗った。

お目当てはストーン・ローゼズの復活ライブだ。一九八九年にリリースしたデビューアルバムで世界のロック史をがらりと変えたバンドが再結成するというニュースが二〇一一年に発表されたとき、ニーナはすぐにイーダにメールを打った。「再結成を祝うギグに絶対に行きたいわ」

二人は誰かれ構わず思いの丈をぶつけた。すると大学で仲の良いビヨルンの叔父がイングランドで音楽関係の仕事をしているという。頼み込むとビヨルンは「聞いてみるよ」と言い、しばらくしてチケットが二枚取れたと報告してくれた。二人は抱き合い、大声で笑い合った。

一九八九年──二人が産声をあげた年だ──に世界を揺るがしたバンドが二人を虜にしたのは、ラジオのおかげだ。ニーナの十四歳のバースデーパーティーでたまたま流れていた曲にたちまち引き寄せられた。音楽に詳しいグスタフがバンドの名前を言い、「これは『サリー・シナモン』って曲だ」と教えてくれた。

一度はけんか別れした四人が再び寄り添いステージに立つ。伝説を目撃しようと世界中から無数の人たちがマンチェスターの街に集結し、まだ明るいうちからビールを飲み、大声で歌い合っていた。ニーナもイーダも乗り遅れまいとアルコールをあおり、アンセムにのった。

復活劇が行われるヒートン・パークに向かうバスに乗り込むと、不意に『サリー・シナモン』の合唱が起こり、ニーナは泣き出した。イーダは笑い、それから一緒に泣いた。

◤短編小説集が発売中◢


この記事が参加している募集

#海外文学のススメ

3,230件

#一度は行きたいあの場所

52,132件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?